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数分歩いて、人もまばらになった頃。
白い階段を下りて、地下のレストランへと案内された。
果たして無線機は届くのかどうか少し心配になったが、坊っちゃんに続いて足を踏み入れる。
「ここ、イタリアンが美味しいんです。響さんに気に入ってもらえるといいんだけど。」
「そうなんですか、楽しみです。」
奥の椅子を勧められ、入り口がよく見える席に着いた。
周りは恋人達がひしめき合っていて、雰囲気の良いこじんまりしたお店だ。
料理は坊っちゃんオススメのを注文してもらい待っていると、程なくして先ほど金髪を捉えていたボディーガードも店内へ入り席に着いた──鋭い視線を私に向けて。
つい私の顔も険しくなっていたのか、坊っちゃんがすみません。と小声で謝罪した。
「どうしても、僕一人では外出が出来なくて。彼らが鬱陶しいようでしたら店の外で待たせますから遠慮なく言って下さいね。」
「いえ、大丈夫です。万が一、佑介さんに何かあれば大変ですもの。」
「僕としては響さんに何かあるほうが大変ですよ。」
「ふふ。では、お互い何も無いようにしなければなりませんね。」
「はは。ですね。」
店員が運んできた食前酒がテーブルに置かれたので、グラスを傾け乾杯した。
シュワッと喉を通る炭酸が心地よく、喉ごしも爽やかで飲みやすい。
「すごく、美味しいです。」
「良かった。響さんはお酒強いんですか?」
「あまり飲む機会が無かったので分かりませんが…弱くはないかと思います。」
「そうですか。もし気に入ったならおかわり出来ますから遠慮なくどうぞ。」
「ありがとうございます。では、もう一杯頂きます。」
クイッと飲み干すと、佑介さんも同じように飲み干して2人分注文してくれた。
「ところで、響さん。単刀直入に伺いますが…彼氏はいらっしゃるんですか?」
「彼氏…とは何でしょうか?」
「え?」
「ですから、その彼氏というのは…どういうものなのかと。」
キョトンとした顔をされて、何か変なことを聞いたかと首を傾げると笑われてしまった。
「今の返答でよくわかりました。あ、因みに彼氏というのは想いを通わせた異性…恋人とでも思ってもらえたらいいです。」
「恋人のこと、彼氏とも言うんですね。」
ふと、孝一さんの顔が頭に浮かんだけれど──彼と恋人なんて…到底言える関係ではない。
そのことが、どうしてか、私を言い様のない気持ちにさせた。
胸の痛みを振り切るように顔を上げて、私は得意の笑顔を貼り付ける。
「では、私は彼氏というものはいませんね。」
「じゃあ僕が立候補しても構いませんか?」
「はい。もちろんです。」
「はぁ、良かったー。」
2杯目のお酒もクイッと機嫌良く飲み干した坊っちゃんは、ニコニコしながらおかわりを頼んでいた。
私は先ほどより美味しさを感じないお酒の味を不思議に思いながら、チビチビと口に含んだ。
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