ヤクザの息子

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 ご飯を食べ終わり一息ついた頃。  声を少し潜めて、相談があると坊っちゃんに持ちかけた。  体を前のめりにしてこちらに近付いてくれたので、そのまま周りに聞こえない位の声で続ける。 「ご存知だと思いますが、私は秘書をしてるんですけれど…その、大きな仕事を取るツテも無いので周りの皆さんになかなか認めてもらえない状況なんです……」  少しトーンを落として哀しげな表情をすると、坊っちゃんは頷いて同調してくれた。 「新参者には厳しい所もありますもんね。」 「はい。……あの、小耳に挟んだんですが、佑介さんは何か大きな取引をうちの者と行う予定だったとか?それは本当ですか?」 「あぁ、そうですね。ちょっと色々あって今停滞してますすが…それがどうかしましたか?」 「はい。それなんですけど、もし可能なら私が代表のような形で佑介さんと取引することは出来ませんか?」 「え?…いや、それは…」  困った顔になった彼にフイと視線を反らされてしまったが、ここで引き下がるわけにはいかない。 「事情もあるとは思いますが、私は手柄を持って帰って皆さんに認めて欲しいんです。…勿論、佑介さん、あなたにも私のことを認めて欲しい。だから、どうかお願いです。考えてみて頂けませんか?」 「……本気ですか?」 「はい。」 「もし何かが起こった時は、あなたの安全は保証出来ないと言っても?」 「構いません。」 「………。」  坊っちゃんの瞳を、じっと見つめて躊躇うこと無くハッキリと答えた。  私が本気だという気持ちは伝わっただろう。  あとは…私には分からないヤクザ同士の諸事情によるのだと思う。  しかし、孝一さん情報によれば彼もまた親や周りに認められる為に麻薬取引を持ちかけてきたらしい。  ならば私の『周りに認められたい』という想いは、彼の中にある程度響くはずだ。  それが上手く動いてくれればいいのだけれど。 「──今すぐは答えられませんが、また連絡します。」  坊っちゃんの声は真剣だった。  今現在もきっと色々考えてを巡らせているのだろう──私のように。 「分かりました。」  あまり食い下がって不審に思われても困るので、頷いて返した。 「御手洗いへ行って来ます。」 「はい。あ、今店員が出てきた所の右奥ですよ。」 「ありがとうございます。」  ふわりと微笑むと、「いえ…」と呟いた坊っちゃんの顔はほんのり赤く染まった。  御手洗いに着き、個室に入る。  どこで誰が聞いているか分からない為、上着のポケットからスマホを取り出して文章で孝一さんに簡単な状況を伝える。 『今すぐ取引の返事は無理。考えて折り返すとのこと。』  こんな感じで良いだろう。  送信が終わり、洗面台の前で髪型や化粧を整えてから席へ戻ると──食前酒とは違う、キレイなピンク色のお酒がグラスに注がれていた。 「お待たせしました。あの、これは?」 「あぁ。最後にとっておきのロゼワインを注文しておきました。色もキレイだし、味も飲みやすいので僕のオススメなんです。」  ニコッと笑う坊っちゃんに、他意は全く感じられないので私もお礼を言って微笑んだ。  グラスを手に取り最後の乾杯をして「そろそろ出ましょうか。」という彼に続いて立ち上がろうとした時──ふいに景色がグラリと揺れた。  え?何これ……?  倒れないよう慌ててテーブルに手をついて体を支えたが、どうにもくらくらしてしまう。 「響さん、大丈夫ですか?」 「あ……っ。」  坊っちゃんが私に腕を回して体を支えてくれたが、触れられた途端……燃えるように身体の奥が熱くなった。  心臓の動きも速まり、汗がじわりと滲んでくる。 「響さん?歩けますか?」 「……はい。」  囁かれた吐息が耳を掠めるだけで、ゾクリと快感が背筋に走った。  酒に酔うとこんな風になるものなのかしら?  それにしても急すぎる。  トイレから帰って来て一杯しか飲んで無いのに……と考えた所で。  ふと、私の様子を覗きこむ彼の暗くニンマリした表情が見えてやられたと思った。  あぁ。彼は何て気味悪く笑うのかしら……。  店を出るまでは大人しく従おうと心に決めるが、果たして今の私にどれ程抵抗出来る力があるのだろうか。  会計を済ませて店から出ると、優しく私の手を引いて坊っちゃんは階段を軽やかな足取りで上がっていく。  彼が私から目を離した隙に、こっそりとペンのスイッチを入れたのだった。
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