ヤクザの息子

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 ◆◆◆  俺と都築は響の入ったレストランの近くの道路で、タバコをふかしながら待機していた。  スーツ姿は相手に何度も見られている為、今はラフな動きやすい格好をしている。  カモフラージュの為に近くで時間を潰していた女達に声をかけ、くだらない話に付き合っていると──ブツッ。と無線が音を立てた。  階段から上がってくる客の流れや周りを歩く人に意識を向け、耳から伝わる情報を逃さないよう集中する。 「ねー!お兄さん、聞いてるー?」 「悪いな、用事が入ったからまた今度な。」 「えぇ?!ナニソレ、そっちから話かけてきたのに信じらんない!」  髪をなびかせて怒って離れていく女達を見送りながら、都築と二人、電柱や建物の影に身を潜ませた。  程なくして、坊っちゃんに手を引かれた響が姿を現した。  フラフラとした様子で足取りが覚束無い響を、支えるように腕を回して誘導して歩いていく。 「マズイですね。あの車……」  都築の呟きに目をやると、長田組の車が停まっていていた。   「何も心配すること無いですよ。響さんには俺と楽しい場所へ行ってもらうだけですから…ふふ。」  耳から聞こえてきた言葉に、ギリッと奥歯を鳴らす。  飛び出していきたい気持ちを抑え込んで仲間を待っていると、車に近づいた二人にぶつかる影があった。 「あっ、スミマセンッス!」 「おい、お前どこ見て歩いてんだ?!」  レストランから二人を追うように出てきた黒服に、宮田が首根っこを捕まれていた。  ぶつかられた坊っちゃんは、宮田を見るとギョッとした様子でたじろいだ。 「あれ?もしかして、長田さんッスか?それに……響さん?」 「……。」  響はくるりとこちらを向いたが、目の焦点が定まっておらず不安げな表情をしていた。  野生の勘なんて必要無いほど、誰がどう見ても響の様子は変だった。 「んー?響さん、何か変ッスね。長田さんに迷惑かけてもいけないんで俺が連れて帰ります。」  響に手を伸ばした宮田は、間に割り込んできた黒服によって遮られた。 「……必要無い。俺が送っていく。」 「そうっすか。じゃあ俺も乗っけて下さい。」 「…は?」 「ん?何か問題あるッスか?」  ニコニコしながら、戸惑っている長田にグイグイ近付き、坊っちゃんから強引に響を引き剥がして宮田は走り出した。  普段の響なら颯爽と着いてきそうなのだが、今日は縺れそうな足を何とか動かしている感じであっという間に追い付かれそうになる。 「おい!何してる!追え!」  坊っちゃんの金切り声で弾かれたように動き出した黒服が伸ばした腕は──立ちはだかるように現れた俺の組の黒服によって(はば)まれた。  メンチをきりあう黒服達をよそに、宮田と響は坊っちゃんから離れていく。  やれやれ……。  ほっと胸を撫で下ろしたのも束の間。  無線機から聞こえてきた笑い声に、再び緊張感が走った。 「はっはっは。追いかけっこですか?ワシも仲間に入れてもらおうかなぁ。」 「……前田さん。どうしてここへ…」 「どうして?大切な坊っちゃんがいそいそと出掛けて行くもんやから、気になって来てみただけですわ。いやそれにしても、響さんはどうされたんですかな?」 「お構い無く。それより、そこをどいてもらえますか?」  ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべる前田は、案外素直に道を開けてくれた。  そのことを不安に思わないでも無かったが、今は響を無事に屋敷に連れて帰ることが先決だ。  ふらつく響の手を引いて通り過ぎようとした時。  前田の大きなカサついた手が響の首もとを掠めた。 「んっ……」  突然甘い声を上げた響に、驚いて振り返ると「あぁ、なるほど。」と下品な笑いを一層深めた前田が納得したように頷いていた。 「坊っちゃんもなかなか…あー、そちらさんとはまたお会いする機会があると思いますんで、その時に。どうぞお大事に。」 「………。」  乱暴に頭を上下させることが、宮田が今出来る精一杯の礼だった。  孝一さんの不利になることは出来ないが、今すぐこのにやついた顔に一発拳を叩き込んでやりたい。  震える拳を固く握りしめながら、響と共に雑踏の中へ紛れ込んでいった。
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