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◇◇◇
和風の大きな一軒家は、そこそこの部屋数があり私はその一室へ通された。
お風呂は狭くて驚いたけれど、用意された布団はふかふかで気持ちが良かった。眠れるかどうかは別にして…。
うとうとしていたような気もするし、ずっと意識があったような気もするが、どうやら朝を迎えたらしい。
襖の向こうから硬い声が私を呼んだ。
「おはようございます。頭が呼んでますので、ご案内致します。」
「そうですか。」
『頭』と呼ぶ職業にも覚えがあった。おしごと図鑑には決して載ることはない──はみ出し者達の職業だ。
村を追放されたはみ出し者の私に、ピッタリの奴等ではないか。
思わず笑みをこぼしながら、襖の前に仁王立ちしている男に声をかけた。
「お待たせしました。」
彼は一瞬だけ驚いた表情を浮かべたが「此方です。」と踵を返し案内に徹する。
確かコイツは「都築」と呼ばれていた男だ。
後ろ姿からでも分かる隙の無さ、ピッタリ整えられた短髪、鍛えられたしなやかな体躯。顔もイケメンの部類に入るのだろう…体の奥から感じる強い雰囲気も、なかなか悪くない。
「お頭、お連れしました。」
「入れ。」
「失礼致します。どうぞ、中へ。」
都築に促され部屋に入ると、座椅子に腰掛け膝をついてこちらを見つめる漆黒の瞳と目が合った。
この男もまた鍛えられた体つきと鋭い眼光の持ち主で、斜めに流した前髪はキレイに整っており、高い鼻梁、少し厚い唇が色っぽい、ヤクザとは思えぬ美丈夫ぶりだ。
「都築、下がれ。」
「……はい。」
部屋には頭と私の二人きりになる。
さて。
簡単には口を割らなさそうなこの男から、どうやって鬼のことを聞き出そうかと思案していると、向こうから話題を振ってきた。
「お前は何故こんな所にいる。迷子か?」
「何故とは、可笑しなことを仰いますね。そちらが勝手に私を連れて来たのに。」
「そういう事じゃない。何故人間の世界に来ているんだと聞いている。」
やはり。
この男は、私が人間ではないと分かっている。
しかし、何故?
一瞬顔をしかめた所を見せてしまい、しまった。と思った時には遅かった。
「何か事情があるのか?鬼の娘。」
「……っ。どうして、私が鬼だと……」
「それについて、答える義理は無い。」
ピシャリと言い切られ、追求しても無駄だという態度を見せられる。しかし、鬼だと言い切られたことがどうしても腑に落ちない。
お互いを探る視線が絡み合うと、男の瞳がふと翳り──哀しみの色を帯びた。
「…お前、これからどうするんだ?」
「特に決めておりません。」
「そうか。……では、俺の秘書になれ。ちょうど探していたんだ。」
唐突な提案だ。しかも取って付けたような。
憐れんだような、切なくなるほどの哀しみを浮かべた不思議な表情でこちらを見つめてくるこの男は何を胸に秘めているのだろう。
そして今私が感じているこの気持ちは好奇心なのか、ただの興味本意なのか…。
まぁ、いい。そっちが秘書になれと言うならなってみるのもいいかも知れない。
私を鬼だと言い切った、この男を探るためにも……。
「有り難い申し出感謝します。至らぬ点があるかと存じますが、どうぞ宜しくお願い致します。」
私はしなやかな動きで頭を下げた。
「……あぁ。都築。」
「──はい。」
サッと襖を開き、中へ入ってきた都築は膝を折り主人からの言葉を待った。
「聞こえていたな?俺の秘書として働いてもらう…ええと」
「響と申します。」
「そうか。彼女に軽く説明してやってくれ。」
「…はい。では、此方へ。」
立ち上がった都築は先導するように脇に控えて、通る道を開けてくれる。表情が曇っているのは、私が残ることになったからだろう──『頭の秘書』という形で。
彼等は、上下関係が厳しい。そして、本心でどう思っていようとも、上の命令に逆らうことは出来ないのだ。
昨日私を締め上げていた宮田が都築の「離せ」という言葉にしぶしぶ了承し、腕を外したことからも彼等の上下関係が窺える。
そして、ここのトップは勿論『頭』だ。
ふと、懐かしい我が『頭領』の面影が目に浮かび…打ち消すように頭を振って無理矢理追い出した。
二度と会うことの無い相手を思い出しても、不毛なだけだ。
廊下に出ると、澄み渡った青空があまりにも爽やかで、私は視線を落として都築の案内に着いて行ったのだった。
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