君と二人、星海を泳ぐ。

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君と二人、星海を泳ぐ。

 窓の外、巨大な惑星の横をすり抜ける。  「かはっ、げほっ……ぐえぇ」  深呼吸する。息ができる。酸素がある。大丈夫、僕は無事だ。大丈夫。  心臓が、脳みそが、爆発するかと思った。  「どこで間違えたんだろう」  宇宙服はちゃんと着てた。酸素供給に問題があったのかな。まだ頭がフラフラする。棚の上の工具を取ろうとして、写真立てに手が当たる。  固定されていた写真立てがふわふわと空中を漂う。それを取る元気すらもうなくて、僕は寝転がった。  僕を抱っこして笑う母と、その母の肩を抱く父。満面の笑み。    もう14年前になる。生まれたばかりの僕を何としても生かしたかった二人は---地球滅亡から何としても救いたかった二人は、僕一人だけを船に乗せて宇宙へ飛ばした。  二人は多分もう既に、この世にはいない。  二人どころか、地球の生き残りは僕を除いて、きっといない。  その事を知ったのは、去年、13歳の誕生日。  レーダーに生命体の反応は今日もない。  地球滅亡の事実を知った僕は、レーダーに頼らずに、自分自身で宇宙に出てみようと思った。倉庫から宇宙服を見つけた僕は、両親が残した地球の知識を見様見真似で実践し、ついさっき初めて宇宙空間に出てみようとした。  そう、出てみようとしただけで、出てはいない。  なぜなら、酸素供給に恐らく問題があって、ハッチから出ようとしたその時、息が急にできなくなったから。  死ぬかと思った。  船内をアラーム音が鳴り響く。  「またか……」  レーダーだけじゃなくて、映像から生命体を探し出そうとしてプログラムをいじったのが先週。それがうまくいってなくて、一日数回は謎のアラーム音が鳴るようになってしまった。おまけに、宇宙船の操作が全体的に重くなってしまった。直し方が分からない。  自分でやらなきゃこうはならなかったんじゃないか。  両親に全て任せておけばよかったんじゃないか。  だって、他に頼れる人はいないのに。  「うるさい!」  乱暴にボタンを押すと、アラーム音が止まった。  少しずつ”やばい”のは自分でも気付いている。  アラーム音で今日も起こされる。耳障りだ。  「ちょっと待て」  昨日までの航海データがない。  「…………」  路を見失った。  両親の朝の動画も表示されない。  「データ…………嘘でしょ、全部………」  血の気が引いていく。  急に大きな物音と、宇宙船の揺れ。  「何かぶつかった?」  宇宙船の物質回収アームを伸ばして回収させる。  汚染物質を除去し、洗浄する。  「これは---」  明らかに人工物だった。人の形をした、何かだ。地球の誰かが作った物だ。  上半身が人で、下半身が魚の体をしている。何度か宇宙から物質回収はしているけど、こんなものは初めてだった。中身は精密な機器が詰まっているようだ。ロボットの一種か。無理やり目を開くと、綺麗な青色をしていた。全く反応がない。壊れているみたいだ。  「せっかく出会えたのにね」  何もうまくいかない。  「君もきっと、地球から来たんでしょ?」  ピッ。  「ああ、僕はやっぱり死ぬまで一人ぼっちなんだ」  キュイイイイイイン。  「友達……欲しかったなあ」  〈スリープモード解除。地球の言語を確認。メインモードに移行します〉  「喋った!?」  〈メインモード移行まで10%。まもなくメインモードに移行します〉  「えっ何これ!? 何!? 喋った!? 生体反応ないのに? あ、ロボットだからか! ちょっと待ってこれどうすんの何これ」  ロボットがゆっくり目を開いた。青い瞳に光が宿っていた。  「え、は、ハロー?」  ロボットは黙って僕を見ている。それからゆっくり周りを見回して、身体を起こした。  「あなた、名前は?」  「ココです」  ロボットは僕をじっと見て、何か目から照射した(何されたかよく分からない)。  「そう。私はTOMO-R2-OW。こんな日をずっと待っていた」  ロボット、否、彼女から手を差し出されて、とっさに握手する。  生まれて初めてひとと握手した。ロボットだけど。  「あなたはロボット?」  「そう。記憶装置。私のオリジナルの記憶全てと人格をコピーしている」  「オリジナルは?」  「あなた、自分の出生を知ってる? ここにいる理由は?」  「えっ? もちろん。14年前、両親が滅亡する地球から僕一人だけ宇宙へ飛ばしたんだ」  「そう……。私のオリジナルも地球に残してきた」  「地球に……」  「オリジナルは私に向けて通信を飛ばす予定だった。でも、オリジナルからの通信は隕石衝突後に途絶えた。何日経っても通信が回復しなかった」  「TOMO-R2-OWは記憶装置ってことは、地球のことを知ってるの?」  「トモでいい。知っている。いつか地球出身者や宇宙高度知識生物と出会った時に、地球の記憶を受け継いでもらうために、生まれた。あなたは14歳?」  「うん。僕も似たような感じみたいだ。地球の忘形見みたいな気持ち」  「他に人はいないの?」  「いないよ。14年ずーっと、僕一人で宇宙を旅してきた」  「一人で!? たった14歳で!?」  「ああ、両親がたくさん動画残してくれてるから、そんなに寂しくはないけど」  「動画?」  「ただ、最近宇宙船の調子が悪くて、データが飛んじゃったみたいで」  「プログラムを見せて」  トモはあっという間に宇宙船の不調を直した。映像から生命体を探そうとしたプログラムの保存先が間違っていて、メインを圧迫していたのが原因とのことだった。データは吹っ飛んでなかった。よかった。  〈おはようココ! よく眠れた?〉  「これは……」  「僕の母のメメ。覚えてないけど。こっちは父のトト」  「これを毎日、ずっと……?」  「全部は把握してないけど、多分僕の200歳の誕生日までありそうな量」  「……すごい」  画面の向こうの両親は、笑顔で手を振っている。  一瞬、トモの目に涙が溜まっているように見えたが、見間違いのようだった。  「地球には、下半身が魚の人がいたの?」  「いや?」  「じゃあ何でトモの体は……」  「ああこれは、人魚を参考にしたから」  「にんぎょ?」  「上半身が人間で、下半身が魚の空想上の生き物。データを共有してあげる」  宇宙船のモニターに「人魚」の情報が送られてきた。  「人魚……、人魚姫……童話が元なんだ」  興味深そうに読み進めるココ。  「あの、嫌だったら断ってくれて構わないんだけど、私にもあなたの持ってるデータを共有させてくれない?」  「全然構わないよ。せっかくの残り物同士、シェアしてこう」  「寛大な心遣いに感謝するわ」  トモは左手からプラグを生やし、モニター横のジャックに接続した。  流れ込んでくる記録。  膨大な量の知識。  彼の両親のとてつもない量の動画。  アンロックされてない隠し要素。  たった14歳の子供に、これを全て背負わせたのか。  地球脱出時点で、天涯孤独が確定している運命に、こんなに重荷を背負わせたのか。  オリジナルだったら激昂したんだろうか。  ロボットとなった今だから、こんなに冷静なのだろうか。  「あなた……」  「はい?」  人魚姫伝説を読み終えて、ちょっと涙ぐんでるココが振り向いた。  「全く知識が足りてない。本当に宇宙で生きる気ある?」  「はっ!? でも両親が残してくれた知識が」  「地球の歴史が宇宙での生活の何の役に立つ? あなたは宇宙の知識を全く知らない。赤ん坊も同然。このまま放っておくわけにはいかないわ」  「た、確かに知識は足りてないけど……」  脱ぎ捨てた宇宙服から目を逸らす。  「これでもオリジナルは天才でした。ナチュラルボーン・ジーニアスでした。その人格と記憶をコピーした私もイコールの存在です。あなたに知識を授けてあげましょう」  「なんか言い方が仰々しくなった……」  「手始めに、宇宙服の設計をやり直しなさい」  「え!? でもこれは両親が作った物で」  「知らない? 分からない? 知らないなら知ればいい。分からないなら分かればいい。両親と私の知識をフルに使ってやってみましょう」  「えっ、えーっ」  窓の外、流星群が流れていく。  その明るさに全く気づかないまま、ココは宇宙服と向き合っていた。  時々トモが様子を見に行っては、ぽつり、と助言する。  どれぐらい時間が経ったのか。  「とりあえず酸素供給のプログラムの書き換えと、素材の強化……」  「上出来だと思う」  「本当にこんなんで宇宙に出れるの? 信じられないんだけど」  「誰だって第一歩は不安だ」  「一度失敗してる」  「君は一人じゃない。何かあったら私がフォローする」  「でも……」  「君はもう一人じゃない」  居住スペースにロックが掛かったのを確認して、ハッチのエリアの操作に進む。  酸素供給は今のところは大丈夫。  心臓が痛いぐらい脈打ってる。  「落ち着いて、一つ一つやればいい」  ハッチが開いた。  果てのない闇が足元に広がる。  「怖い」  「息はできている?」  「できていると思うけど、息苦しい」  「深呼吸してみて。私がいる」  トモが僕の手を強く握る。宇宙服越しでも感触が分かる。  彼女に手を引かれて、あっけなく宇宙空間へ出た。  真っ暗だ。闇だ。怖い。  「手、離さないで」  「離さないよ。一緒に行こう」  トモが足ヒレを器用に動かして闇の中へどんどん進んでいく。  「どこまで行くの?」  「見えやすいところまで」  「何が?」  「いいから」  地球にも、果てしない暗闇が続く、宇宙と似たところがあることを知っている。  それは深海と言うらしい。  ならばここは星海とでも言うのかな。  「よし。振り返ってみて」  「ど、どうやって」  「泳ぐみたいに」  「泳いだことない」  「いつもの無重力空間と同じように空間をかき分けてみて」  「手、手はどうするの?」  「逆の手に替えればいい」  ゆっくり、トモの左手を僕の左手で掴み直し、反転する。  「見えるでしょ?」  裸眼じゃよく見えないので、ゴーグルの倍率を上げる。  煌々と燃えるのは太陽。その手前にある小さな星。  「本当に、青かったんだ」  今日も生命体の反応はない。旅路はあとどれぐらい続くのか見当もつかない。  何のために生きているか、宇宙を駆けているか、今もまだ分からない。  それでも、僕は今日という日を決して忘れない。  トモと出会い、初めて地球を目にしたこの日のことを。
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