ミミミの耳

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 初の収益化に喜んだ日、私は退職願を書いた。いつか、動画配信の収益で生活出来るようになったら、これを会社に提出しようと決めて、パソコンラックの引き出しにしまった。  仕事を辞める目通しが出来ると、不思議と仕事への不満は無視できるようになった。  画像の見映えを意識するようになって、コスメなども気にするようになった。よく見なければ分からない程度に髪の毛を染めてみたりもした。本業以外を気にしてこんなことをしているのは、以前の私が最も嫌う人種だったかも知れない。  収録の機材も一通り揃え、ついに目標の貯金も出来た。収益も、月々の給料程では無いがそれなりになった。    実は、半年前に私の動画は伸び悩んでいた。そんな時、フヌケさんからアドバイスを貰った。顔を出さないまでも、マスクを外してみたらどうかと。そして、咀嚼音の動画をアップを勧められた。  確かに、咀嚼音の動画は男性受けが良い。だけど、口元を露わにしることと、食べること。それは私にとっては“恥ずかしさ”とは異なる、いわば心の傷である。出来るはずがなかった。  「口元と、食べることはどうしてもダメなの。」  そう、フヌケさんへ返信した。それでも、フヌケさんは私にそれを勧める。    でも、私にとってフヌケさんは恩人である。ここまでフヌケさんのアドバイス通りにやってきた私は、それを無視することは出来ない。ついに私は、自分のトラウマをフヌケさんへ告白した。  「多分、そうじゃないかなって思ってました。でも、絶対大丈夫です。自信を持ってくださいミミさん。」  この、一言に私は決心した。フヌケさんは偶然、タイプミスで ミミミさん ではなく、ミミさん と打ったのだろうと思う。でも、私にとってはそれが、架空の“ミミミ”ではなく、”ミミ”私自身への言葉として心に響いたのだ。  事前に、『ついにマスク外します』と告知の動画をあげる。低評価が多いようなら、撤回すればいいと考えていた。しかし、予想以上の良い反響があり、とうとう後には引けなくなった。  マスクを外してのライブ配信というのはどうしても不安だったので、通常通り録画の動画を撮影する。  ハンバーガーを用意した。せめて上品ぶって食べるという方法もあったのだが、フヌケさんからのアドバイスは、全力で食らいついた方がいい とのことだった。  もう、私は覚悟を決めてかぶりついた。
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