ミミミの耳

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 私は、珍しく誰もよりも早く出勤した。バッグの中には、2年前に書いた退職願 が入っている。  事務所に入ると、予想していた通り部長が一人で仕事をしていた。毎日誰よりも早く出勤する。私は部長に退職願を渡した。しかし、部長は不思議そうな顔をした。  「いや、どうしても辞めるって決めているなら止める権利は会社にないけどさ。まだみんなには内緒なんだけど、来月、事務リーダーが辞めるんだよね。で、野口には事務リーダーを引き継いでほしかったんだ。」  私は、部長の言葉は信じられなかった。  「どうして私がリーダー? 真由美のほうが向いてますよね。私なんてリーダーに向いてないですよ。」  苦笑いを浮かべながら言う私に、部長は笑顔を向けて言う。  「野口、最近いいよ。最初は真面目なだけだったけど、特にこの半年は別人になったよ。明るくて笑顔になったし、ため息も無くなったし。」  「営業の男連中からはかなり評価高いぞ。セクハラにならない程度に言うけど、今は真由美より野口のほうが営業から人気だしな。」  いやいや、それは立派なセクハラ発言だろう。私はそう思いながらも、部長の言葉に驚いていた。  「もう少しみんなを見て考えてみてくれ。このことは内緒にしておくから。」  そう言われ、封筒を返された。お辞儀をして背を向けた私に、もう一言、部長が言った。  「マスクしてない野口、久しぶりに見たけど、いいよ。風邪とかじゃなきゃ、これからも外しててほしいな。」  その言葉に慌てて私は口元に手を当てる。確かに今日はマスクをしていないことに今気づいた。  この日、仕事をしながらみんなの様子を気にしていた。そして初めて気づいた。みんな笑顔で私に接してくれている。  「野口さん、今日はマスクしてないんですね。いいっすよー。笑顔も心も、マスク外している方が素敵っす。」  「ふふふ。ちょっと、星野君、それいっぽ間違えたらセクハラだからね。」  そして気づいた。私も笑顔で仕事している。
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