画家に見出された不細工女

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 その後、高橋は貴子の横のスツールに座って腹が減っては戦が出来ぬとばかりにローストビーフサンドを注文して彼女にも好きな物を奢ってやって飲食しながら用件を話すことになり、結局、貴子は破格のモデル料の前金を受け取って高橋宅へ行くことになった。  それはブリュッセルにありそうでありながらジャポニズム色の強いアールヌーボー風の豪邸だった。アシンメトリーのレイアウトは斬新で蔦や葉や花をモチーフにした有機的なデザインの鉄製門扉を始め全ての物が自然を巧みに取り入れてあり、煉瓦と鉄を美しく組み合わせた壁面は、昆虫や鳥なども描かれており、実に凝った意匠だ。中へ入ると、スグラッフィートが施された窓から射す光に淡く照らされた装飾が悉く瀟洒であることは言うに及ばず無上の温もりを見る者に感じさせ心が自ずとぽかぽかと豊かになる。  而して貴子はこれまた芸術品のような螺旋階段を高橋と共に上がってテラコッタの廊下を進み、突き当たりまで行くと、高橋がターコイズブルーで塗られた檜製の高級ドアを開けた。 「ここが僕のアトリエです。」  見ると、採光が行き届いていて大きなガラス格子窓からはサクラダファミリアの尖塔のようなサイプレスの庭木が何本も見える。  中は集中力を高める為だろう、正に作業場といった感じで他の部屋に比して至って地味でアンティークなセザンヌ風のアトリエだ。  高橋は美人画を描くために用意しておいた格調高い濃紅(こきべに)のビロード椅子を持って来て貴子を座らせ、イーゼルに架けたキャンバスに向かった。  デッサンに始まり油彩を施しタブローに終わる。その工程は貴子が何日も高橋のアトリエに通う内に進められた。  貴子の(ゆが)み、または(ひず)み、または(たる)み、または(ゆる)み、または曲がった、いびつな顔の線や面や凹凸や影がキュビズムに従って使用された絵筆やペインティングナイフや溶き油や油絵具によって重なり合い交じり合い交錯する内にニキビやシミが巧い具合に隠れ、顔が巧い具合にデフォルメされ、センスの悪い服装も巧い具合にデフォルメされ、ビロード椅子だけがグロテスク化され、奇形になった。 「どうだい、君、こんなに綺麗に仕上がった!」  その美人画を見せられた貴子は、これが私なの?と疑る目で観賞しながら喜んだ。それは四大美女も真っ青というこよなく美しい眉目秀麗の洒落た女性像だった。
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