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――木曜日。
媒体のリニューアル日が3月頭に確定し、新たに創設するジャンルの記事作成などをせっせと進める。
あれこれ決めなければならない一番大変な時期は過ぎ、今はただ、着々と準備を進めている状態。
だから、あまり業務も切羽詰まっていない。
この日も20時少し前には一段落ついて、私は帰り支度に入っていた。
……夕方に孝弘から入っていた連絡では、20時過ぎに迎えに行くとのことだったけれど、もうそろそろ来ていたりするのだろうか。
何か追加で連絡が入っていないか、スマホを開いてみると。
『俺少し遅くなるから、雅也に行ってもらう』
『あと、雅也に連絡先教えた。勝手にごめん』
『ついたら連絡入るはず』
「えっ」
「どうした?」
「ごめん、なんでもない」
思いがけないメッセージが目に飛び込んで、うっかり声を上げてしまった。
怪訝な顔をする横山さんに謝り、とりあえず『わかった』と返事を送りつつ立ち上がる。
「……お疲れ様です」
「お疲れ様です」
何人か残っているメンバーに挨拶をしてオフィスを出ると、新しいメッセージが1件。
“飯島”さんからで、『ついたよ〜』という緩い感じの一言が届いた。
……雅也さんの名字を聞いたことがなかったけれど、飯島さんというのだろうか。
なんて考えていると、新たにメッセージが表示される。
『あ、雅也です。初めましてだね』
『初めまして、工藤です。すぐに向かいます』
『はーい。孝弘と約束してた場所でよろしく』
『わかりました』
エレベーターに乗り込んで1階へ下り、足早にエントランスを出る。
孝弘と約束していた場所というのは、会社から1本入った路地のことだ。
あまり車が通らず道幅はそれなりにあるので、路端に停まっている車がちらほらある。
軽自動車に、大型のワンボックスカー、ミニバン――そんな中で、ハザードランプをつけた車が1台あった。
街灯を反射する、艶々の黒いベンツ。
あれだろうか、と思って見ていると、窓が開いてひらひらと手を振られる。
どうやら正解だったみたいだ。
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