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「さてさて、工藤さん」
「なに?」
「週末、何かいいことありました?」
「…………」
――朝から時折視線を感じると思ったら、それが聞きたかったのか。
「無言は図星と解釈しますよ~」
「はいはい」
「工藤さん、何だかさっぱりしたような……? 上機嫌っぽくも見えるし、気になります」
「上機嫌ねぇ」
「そうですよ、ちょっとだけなんで気付いてる人は少ないと思いますけど」
普段は大雑把であっけらかんとしているのに、こういう時だけ妙な鋭さを発揮する彼女に溜息を一つ零し、湯呑みに手を伸ばす。
「……で、どうなんですか? もしかしてもしかして、いい男でも見つけました?」
「…………」
「無言は図星と解釈します。ふふ、工藤さんってポーカーフェイスの割に結構分かりやすいですよねぇ」
「……その鋭さを他で発揮したらいいんじゃないかな」
「善処しまーす」
勝ち誇った笑みを浮かべる御園さんと、僅かに肩を落とす私。そこへ、鉄火丼が運ばれてくる。
これで話題が少しは途切れる――なんてこともなく、だし醤油をかけながら、彼女はさらに追撃を加えた。
「たまには工藤さんの恋愛話聞きたいな~」
「私は聞く専門でいいよ」
「ダメです。今日は私が聞きたいんです」
興味津々、話すまでは絶対に引かないことを匂わされ、諦めの溜息が漏れた。
溜息の示すところを察し、「わぁい!」と歓声をあげる彼女。
その無邪気さが、居た堪れない気持ちに拍車をかける。
「面白くもなんともない話だよ。飲んでたらかなりタイプの人がいて、なんとなく流れでそのまま、みたいな」
「そのまま……? ど、どこまで……?」
「最後まで……?」
「マジですか。ひゃぁ……リアルでそんなことあるんですねぇ」
「自分でもびっくりした。雰囲気と流れって怖いね」
そう言いつつも、後悔はしていない。
成り行きでのいわゆる“ワンナイトラブ”だというのに、自分でも驚くほど気分がさっぱりしているのは、一晩だけとはいえかなり濃密な時間を過ごしたからだろうか。
「でもでも、それもアリだって思えるくらい良い人だったってことですよね! いやぁ、気になる! 詳しく聞かせてくださいよ~」
「……今度飲むとき、気が向いたらね」
「ええーっ!」
きっと話すことはないだろうなと思いつつ、私は鉄火丼を頬張った。
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日替わり海鮮丼=鉄火丼
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