【第一部】01. 金曜夜のイレギュラー

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土日祝日が休みの会社で働いていると、やはり一週間の中で金曜日が最も気が抜ける。 終業と同時に連れだって居酒屋へ飲みに行く同僚も多い中、私はお決まりの店へ行くのが習慣となっていた。 それが、自宅最寄駅のそばにある、個人経営の小ぢんまりとしたバー「blueprint」。 活気あふれる正面口から一本入った、少し細い路地に面した雑居ビルの二階にあるそのバーは、お手頃価格で本格的にお酒を愉しめるお気に入りのスポットだ。 騒がしくないけれど静かすぎない絶妙な雰囲気がとても良くて、マスターの人柄も素敵。3、4ヶ月前に初めて行ってから毎週のように通っている。 「お、工藤さん。こんばんは」 「こんばんは」 店内は既に7割ほど席が埋まっている状態。よく座る席は空いていたのでそこに向かい、まずは1杯、軽めのものをオーダーする。 初めて見る6人グループの客が速いピッチで飲んでいるためマスターは忙しそうで、私はひとり静かにちまちまと飲んでいた。 (……今日、カップルが多いな) グラスを傾けつつ店内を見て、ふと思う。 ここはとても雰囲気が良いし美味しいし値段も良心的なのだが、少し渋いお店だ。 カップルで行くなら、人気なのは大通りの方にある水槽がムーディーなバーの方だろう。 格好のデートスポットが近くにあるため、こちらは一人客や友達同士の気楽な飲み場といった感じだった。 それも居心地の良さに一役買っていたのだな、と今更気付く。 ひがんでいたつもりも妬んでいたつもりもなかったけれど、しばらく恋人がいないことを結構意識していたのだと思い至って、内心渋面になった。 ――私が働いているのは、女性向けウェブマガジンを運営している部署。 当然のことながら同僚は多くが女性で、社内での出会いはあまりない。 タイアップや取材を担当する面々であれば、人気の芸能人と会ったりと華やかな仕事も多いが、私はコンテンツディレクター。 掲載する記事の企画を立てたり、進行管理や監修をしたりといった社内での業務が中心で、あまり外出することもない。 数年前に大学生のころから続いていた彼氏と別れて以降、すっかり恋愛から離れていた。 「今度はどこに行こうか」 「んー、温泉旅行とかどう?」 「ああ、温泉いいね。帰ったら探してみよう」 ほのぼのと会話をする、妙に落ち着いた大学生っぽいカップル。 「何がおすすめ?」 「そうだな、ルシアンとかは甘めでいいと思うよ」 「とか言って、強いやつでしょ~」 「あ、ばれた?」 だとか言いつつ、ぴったりくっついている年上お姉さんと可愛い系彼氏。 向こうの6人は合コンなのかトリプルデートなのかよく分からないが、男女ペアになっていて、独り身が切なくなってくる。 「工藤さん。次、何にする?」 「スクリュードライバーでお願いします」 「お、今日はぐいぐい行くの?」 「雰囲気にあてられたんで」 苦笑交じりの笑みを浮かべ、マスターはすぐに新しいグラスを差し出した。 「工藤さんなら、いい人見つかるよ」 「見つからないまま何年も過ぎましたよ……。マスター、拾ってください」 「いやいや、私にはもったいない。せめてあと20歳若ければ立候補したんだけどな」 今でも素敵なのだが、若かりし頃はさぞかし人気だっただろうと容易に想像がつくマスターに言われれば、社交辞令だろうがなんだろうが多少は嬉しい。 笑ってお礼を言いつつ、20歳若いマスターみたいな人がいたら……とつい考えてしまった。
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