現在13(居酒屋 串松にて_城石 陽介)

1/1
前へ
/32ページ
次へ

現在13(居酒屋 串松にて_城石 陽介)

その日、八雲は、陽介の誕生日プレゼントを持って、串松に来ていた。 陽介の誕生日は、次の週なのだが、カレンダーでは、特別店休日になっている為に、亜希と英嗣の三人で出かける予定だろう。 八雲の用意したプレゼントは、先日ノーベル賞を受賞した日本人の科学者が、幼い時に読んで感銘を受けたという「ロウソクの科学」という本だった。 何が欲しいか陽介に聞いたところ、この本を所望されたので、休日に、書店でレジに並んでいたのだが、これを見た若菜が 「え!直毅、あんた。これがプレゼントなの」 「陽介が欲しいって言ったんだよ」 「ああ、ヨウちゃん。可哀そうに。八雲さんは頼りなさそうだから、お金も持ってなさそうだし、この本でいいやって思ったのよ」 確かに、高いものを所望されなかった事に、安堵した八雲だったが、ちょっとムッとしてしまう。 「龍太郎も歴史の本を所望されていたよ。陽介は本が好きなんだよ。そんなことを言う、若菜はどうするんだよ」 若菜は、ちょっと待っていてと言い、漫画の単行本を十五冊、手と顎で挟みながら持ってきた。 漫画は、井上雄彦著のスラムダンクで、先日亜希と二人で盛り上がっていた本だった。 「これだったら、亜希さんと会話が広がるし、いいでしょ。なんて優しいの私は」と自賛している。 「重いよ。それ持って行くのは、俺だぜ」 「直毅、六百円くらいのボリュームで、よくそんなことが言えるわね。ああ!可哀そうなヨウちゃん」 「分かった。分かった」 しかし、その時、買ったスラムダンクは陽介に渡ることは無かった。 若菜がプレゼント用の袋に詰め替えようとした時に、一冊取り出して読みだしたかと思うと、全巻読んでしまったからだ。その十冊は八雲の家にストックということになった。 ここに来る途中に、八雲は、また同じ十五冊を買って、持って来ていた。 串松に入ると、陽介が常連の山田さんとカウンターで、話をしていた。陽介は八雲に気づくと「八雲さん、お疲れ様です」と挨拶をした。 既に顔が真っ赤な常連の、山田さんもこちらに向かって、ヨオと声を掛け、そのまま、陽介に向かって、何かを説明している。 どうやら、算数の勉強を見て貰っている様だった。 陽介が、やたらと感嘆の声をあげながら、驚いたり、頷いたりするので、いつも算数を教えていた八雲は少し嫉妬を覚えて、トイレに行くふりをしてノートを覗き込んでみたが、思わず、あっと声が漏れた。 山田さんから、教えてもらっている算数の問題が、小学二年生のモノだったからだ。 勿論、陽介は小学二年生なので、学校から出される宿題は、それに間違いはないのだが、八雲が陽介に教える算数は既に小学五年生後半のドリルだった。その気遣いに感服してしまった。 山田さんが「ヨウちゃん、分からない所があったら、またオジちゃんに聞けよ」と千鳥足で座敷席に戻る。 陽介は、八雲を見て、人差し指を口に当てた e37053f5-3709-412b-aaea-36f7a44eaefc                イメージ:城石 陽介 相関図  八雲 直毅(城北高校の物理教師) 坂本 若菜(高校教師・八雲の恋人) 城石 陽介(城石 亜希子の息子)
/32ページ

最初のコメントを投稿しよう!

45人が本棚に入れています
本棚に追加