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現在13(居酒屋 串松にて_城石 陽介)
その日、八雲は、陽介の誕生日プレゼントを持って、串松に来ていた。
陽介の誕生日は、次の週なのだが、カレンダーでは、特別店休日になっている為に、亜希と英嗣の三人で出かける予定だろう。
八雲の用意したプレゼントは、先日ノーベル賞を受賞した日本人の科学者が、幼い時に読んで感銘を受けたという「ロウソクの科学」という本だった。
何が欲しいか陽介に聞いたところ、この本を所望されたので、休日に、書店でレジに並んでいたのだが、これを見た若菜が
「え!直毅、あんた。これがプレゼントなの」
「陽介が欲しいって言ったんだよ」
「ああ、ヨウちゃん。可哀そうに。八雲さんは頼りなさそうだから、お金も持ってなさそうだし、この本でいいやって思ったのよ」
確かに、高いものを所望されなかった事に、安堵した八雲だったが、ちょっとムッとしてしまう。
「龍太郎も歴史の本を所望されていたよ。陽介は本が好きなんだよ。そんなことを言う、若菜はどうするんだよ」
若菜は、ちょっと待っていてと言い、漫画の単行本を十五冊、手と顎で挟みながら持ってきた。
漫画は、井上雄彦著のスラムダンクで、先日亜希と二人で盛り上がっていた本だった。
「これだったら、亜希さんと会話が広がるし、いいでしょ。なんて優しいの私は」と自賛している。
「重いよ。それ持って行くのは、俺だぜ」
「直毅、六百円くらいのボリュームで、よくそんなことが言えるわね。ああ!可哀そうなヨウちゃん」
「分かった。分かった」
しかし、その時、買ったスラムダンクは陽介に渡ることは無かった。
若菜がプレゼント用の袋に詰め替えようとした時に、一冊取り出して読みだしたかと思うと、全巻読んでしまったからだ。その十冊は八雲の家にストックということになった。
ここに来る途中に、八雲は、また同じ十五冊を買って、持って来ていた。
串松に入ると、陽介が常連の山田さんとカウンターで、話をしていた。陽介は八雲に気づくと「八雲さん、お疲れ様です」と挨拶をした。
既に顔が真っ赤な常連の、山田さんもこちらに向かって、ヨオと声を掛け、そのまま、陽介に向かって、何かを説明している。
どうやら、算数の勉強を見て貰っている様だった。
陽介が、やたらと感嘆の声をあげながら、驚いたり、頷いたりするので、いつも算数を教えていた八雲は少し嫉妬を覚えて、トイレに行くふりをしてノートを覗き込んでみたが、思わず、あっと声が漏れた。
山田さんから、教えてもらっている算数の問題が、小学二年生のモノだったからだ。
勿論、陽介は小学二年生なので、学校から出される宿題は、それに間違いはないのだが、八雲が陽介に教える算数は既に小学五年生後半のドリルだった。その気遣いに感服してしまった。
山田さんが「ヨウちゃん、分からない所があったら、またオジちゃんに聞けよ」と千鳥足で座敷席に戻る。
陽介は、八雲を見て、人差し指を口に当てた
イメージ:城石 陽介
相関図
八雲 直毅(城北高校の物理教師)
坂本 若菜(高校教師・八雲の恋人)
城石 陽介(城石 亜希子の息子)
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