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高校時代14(十五年前_文化祭_高校1年生)
【十五年前、八雲直毅 高校1年生_船橋中央高校】
体育祭の予行練習が昼以降にある為、ジャージ姿で、いつもの様に昼休みを取っていた英嗣が、思いついて話し出した。
「そういえば、文化祭のバンド演奏にエントリーしてきたからな」
正直なところ、誰に言ったのか分からなかったので、八雲は聞き返した。
「それ、誰に言ってんの?」
「この前、亜希と龍太郎で決定したんだ。龍太郎と俺は、中学の時も文化祭でやったし、亜希もカラオケが上手いからな」
「それで?」
「ああ、ドラムは吹奏楽部の林田君に頼んだ。ちょっと怯えていたけど、良いってさ」
「英嗣、ごめんちょっと、話が見えないんだけど」
「だから、お前はキーボード担当な。あの坊ちゃん姿でピアノを弾いていた写真!今、思い出しても・・・」
英嗣が腹を抱えながら指を指して笑い、龍太郎が変顔で、ピアノを弾く真似をして馬鹿にする。
先日、龍太郎と英嗣が強引に八雲の家に上がり込み、八雲の母と談笑し始めたと思うと、母が調子に乗って小学校の時のアルバムを持ってきてしまった。二人が最も腹を抱えて笑ったのが、幼い頃のピアノコンクールの写真だった。英嗣が「おばさん、この写真、友達に見せたいので、お借りしてもいいですか?」と言い出したので、八雲は写真を奪い返し、家から追い出した。
「え~~あたしも、その写真見たかったな~! 瑞穂も見たかったでしょ。」亜希が瑞穂に言うと、笑顔でウンと頷いた。
もう長い事、ピアノは弾いていないので、勘弁してくれと八雲は、必死に文化祭参加に抵抗したが、無駄だった。
「あのな、八雲。これは俺のモテモテ作戦なの。バンドが成功したら、俺は確実にモテるから、その時は、おこぼれを分けてやる」
「ああ、いやだ。いやだ。そんな事で、モテると思っているのが、考え方が貧相で、サブいぼだわ。」
亜希は呆れていた。
その日から、部活の合間や、休み時間を使いながら練習を行った。
八雲も、時々ストレス解消のために、趣味で作曲をしていたので、文化祭の時には、形になっていた。
バンド名は、各人が打たれ強いという意味で、「サンドバックス」と名付けられた。
文化祭の最終打ち合わせで、ある問題が発生した。
バンド演奏にエントリーしたのは、三グループで、各グループ二曲を演奏すると言う事になっていたのだが出来上がったパンフレットを見ると、参加は二グループになっており、サンドバックスの演奏は1曲のみで、三年生のグループが、時間いっぱいまで演奏する事になっていた。
学祭委員会に確認しに行くと、「ええ?三年生の演奏グループの平野さんが、濱野さんに了解を取っているとの事でしたが」詳しく聞くと、二つ目のグループのキャンセルも平野が申し入れたらしい。
その時、龍太郎は、後ろから肩を掴まれた。「濱野、俺からリリーフの座を奪って、俺ベンチ入りさえできなかったから、これくらい良いじゃんか」
男は、学祭委員会の係りに向かって、話しは付いているからと言って、龍太郎は、その場から引き離された。
「平野さん、どういう事っすか。俺らも練習してきたんですけど」
平野信二は、龍太郎のせいで、夏の高校野球大会のベンチ入りを外されたと言うが実際は違う。素行が悪すぎて監督から嫌われたのだ。
「濱野、俺らはライブスタジオで演奏している。客を入れてな。ある意味プロなんだよ。プロ。お前ら、素人の演奏で、時間を潰すのは、お客様に悪いだろうが、時は金なりだからな。だから、気を使ってやったんだよ。一曲だけ入れてやったのは、俺らのお膳立てだ。糞みたいな演奏の後に俺らが歌えば、ステージが映えるだろう」
どうやら、平野は龍太郎を逆恨みしている様子で、恥をかかそうと画策したらしい。
「まあ、せいぜい俺らの為に、場を温めておけよ」
と、教室に戻って行った。
この事を話すと、英嗣は怒り狂ったが、亜希は何故かニヤリとしていた。
※
文化祭当日、午前中は全校生徒が体育館に集められて、ステージ上のプログラムを鑑賞するという趣旨のものだった。ステージ上の演目の最後にバンド演奏が組み込まれていた。
演劇部が終わった後に十分間の休憩を挟んで、サンドバックスの演奏というシナリオが組まれている。
体育館のステージ上手で、サンドバックスのメンバーと、機材出しの手伝いに来た瑞穂は、ステージ袖で演劇部の演目がクライマックスに差し掛かった事を確認していた。(平野のグループは、派手な演出でステージに上がるらしく、体育館の後ろで待機していた)
いよいよ出番と言うときに、亜希の姿が見当たらない事に八雲が気づいた。
「あれ、亜希は?」暗いステージ袖や、上手下手を移動する地下通路を見渡すが見つからない。
「は?もう演劇部終わったぞ。こんなタイミングでトイレかよ」英嗣も周りを見渡す。
幕が下りて、演目を終えた演劇部が、ステージの舞台装置や大道具、背景などをテキパキと解体していた。
これが終われば、バンドの演奏であった。
どうする!どうする、英嗣と八雲は、焦ってテンパっていた。もう、時間は無い。
そんな中、龍太郎が
「しょうがねえな。瑞穂、おまえが歌え!」
瑞穂は、驚いてたじろぎ、そんなの無理だよと訴えた。
十分間の休憩となったステージ幕の外側は、亜希がいなくなったサンドバックスの緊張とは裏腹に騒めいていた。
イメージ:小住瑞穂
※
学園祭の前日、亜希は龍太郎を呼び出した。
「龍太郎、あんた、瑞穂の歌声を聞いたことある?」
「いや、ねえな。」
「あの子はね。ずっと音楽が友達だったの。自分を周りから、遮断するのに音楽が必要だった」
「私は練習の為に、カラオケに瑞穂を誘ったんだ。瑞穂も歌えと言ったが、私の練習だからと頑なに拒んだ。そこで、私はわざと下手に歌って、どこが悪いか、フレーズだけ教えてよって瑞穂にマイクを持たせたんだ。そしたらさ。」亜希がニンマリとして、親指を立てた。
「だから、私は明日、歌わない。本番直前に居なくなるから、ステージに瑞穂を、強引にでも連れて行って欲しい。頼んだよ。龍太郎」
練習した曲は、全て二人で暗譜していると言う。
亜希が考えていることを、龍太郎はすぐに理解した
「亜希、お前は相変わらず面白れぇな。」
爽秋に晴れ渡った空を背景に、照葉を眺めながら
「あたしはさ、瑞穂が好きなんだ。龍太郎。あんたもだろ。」
目を見開いて亜希を見た龍太郎は、目を閉じて薄っすらと笑った。
「そうかもな」
学園祭のアーチを作っている、ハンマーの音が、カンカンカンとリズミカルに鳴り、なぜか心地良かった。
※
英嗣は、舞台袖で、アンプのチェックをしながら
「瑞穂に歌えるわけないじゃないか。亜希の野郎・・本当に、どこに行きやがった」と怒っている。
八雲も、瑞穂が委縮して恥をかくだけだから、やめた方が良いと訴える。
吹奏楽部の林田も、心配そうな表情で瑞穂を見る。
「サンドバックスさん。出番ですよ」係りが、幕の降りているステージに案内する
各自がセッティングを始め、チューニングを開始する。
英嗣は、もうどうにでもなれと、腹を括ったらしい。
落ち着きが無い瑞穂の背中を龍太郎は押しながら、ステージ中央に立たせた。
実行委員会の司会が、一年生のサンドバックスさんです。宜しくお願いしますと紹介し、幕が開く。
瑞穂はオロオロと、体育館内を見渡す。どうやら亜希を探している様だった。
すると、体育館後方の入り口から、亜希がヒョイと顔を出した。
「あ、あ、あ、あ、亜希ちゃん!!」
亜希は、そのまま、ガッツポーズをして見せた。
亜希がいる方を、指さして知らせたが、龍太郎はギターを構えながら、開始の合図を、八雲に送った。
曲は、AIのSTORYだった。
八雲がイントロを演奏し、Aメロの歌いだしでは、瑞穂の声は聞こえなかった。やはり飛んだか八雲は思った。
冷やかしのヤジがとぶ。その時、ステージ係りが瑞穂の方へ駆け寄って、スタンドマイクを触った。どうやら、マイクのスウィッチが入ってなかった様だ。
ブゥワンという、ハウリングの音が聞こえ、瑞穂の歌声が聞こえだした。
「言葉にならないほどの想いを・・・」
指笛や、おお!と言う感嘆の声が聞こえ、更に「うまっ」と言う声が聞こえた
徐々にざわついていた、客席が静かになっていく。
瑞穂の歌は、圧倒的だった、体育館全体を一気に飲みこんでいく。
ベースの松木は、「まじか」という顔で弦を弾いている。
サビに入る頃には、曲のリズムに合わせた手拍子が止んでいた。
手拍子さえも、雑音に聞こえ、少しでも瑞穂の歌声を聞きたいという表れだった。
「一人じゃないから、キミが私を守るから、強くなれる、もう何も怖くないよ」
八雲は、キーボードを弾きながら、歌っている瑞穂の背中から目が離せなかった。
静かにフェードアウトして曲が終わると、その日一番の大きな拍手が起きていた。
一部の女子は嗚咽を押し殺して、泣いていた。
アンコールを観客から求められたが、
龍太郎がスタンドマイクで「先輩たちが、後は任せろって言っているので失礼します」と、壇上を降りた。
その後、平野のグループが、爆音を鳴らしてド派手に登壇したが、その間の悪さや、不快な音量の演奏と重なり、観客は冷ややかな目で、平野達を見ることとなった。
亜希が仕掛けた、大博打は、完全に瑞穂にハマり、瑞穂の吃音は、その日を境に回復していく。
「瑞穂、私が髪を切ってあげるよ。」
亜希の母親は、佐賀で美容師をしていて、小学校の頃から、教えてもらっていたという。
前に亜希がいた全校児童が十名の学校で、亜希は同級生の髪を切り、最後の調整を母がしていた。
また、母はボランティアで、高齢者の家に出向き、髪を切ってあげていた。
高齢者の中には、亜希を指名する者もいて、なかなか人気だったんだよと自画自賛した。
その母とは今は住んでいない。
髪を切ってあげた日、瑞穂は、驚いたように鏡を見てから、亜希に笑顔でありがとうと言い、自分自身を語りだした。
いじめられた事、自殺をして失敗した事、両親の事・・・・
やがて、黙り込んだ瑞穂は、一言
「私は亜希ちゃんの友達でいて、いいの?」
と亜希の方を真直ぐ向いた。
亜希は瑞穂の頬を両手で挟み、鼻と鼻がくっつく位、顔を近づけて
「今日は、友達記念日だね」と言うと、
瑞穂は堰を切ったかの様に泣き出した。
この子は、変わりたがっている。
何重にも被覆された、その殻の内面から瑞穂自身の力で、どうにか破らせたかった。
亜希が考え出した荒治療が今、成功したのである。
相関図
八雲 直毅(船橋中央高校1年生)
濱野 龍太郎(船橋中央高校1年生)
松木 英嗣(船橋中央高校1年生)
小住 瑞穂(船橋中央高校1年生)
城石 亜希子(船橋中央高校1年生)
林田 (サンドバックス ドラム担当)
平野信二(野球部の先輩)
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