高校時代17(十四年前_龍太郎の部屋にて_高校2年生)

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高校時代17(十四年前_龍太郎の部屋にて_高校2年生)

【十四年前、濱野龍太郎 高校2年生_船橋中央高校】 「あんたが、生まれたから、私は不幸になったんだ」 頭の中をリフレインする。この呪縛からは逃げることができなかった。 それは、龍太郎の母親が、泥酔した時や、鬱病を発症した時に、必ず浴びせる言葉だった。 「母さん、ごめん。俺、お腹に戻るから許してよ。」 涙がとめどなく無く、流れる。 そんな馬鹿げた事を言っている幼い自分を、天井のところから俯瞰して見ている自分がいる。 パッと場面が変わり、火葬場で母親が骨になり、骨壺に入れられている所も、まるで第三者のごとく龍太郎は天井から見ている。それは何度も、何度も、巻き戻され、再生される。 「母さん、ごめんな・・・・・・生まれてきて、ごめん。」 「大丈夫。大丈夫。」気づくと背中を擦られている感覚があった。 龍太郎はそこで、目が覚めると、隣に瑞穂がいることに気づいた。 「瑞穂、来ていたのか」 ベッドから龍太郎が体を起こすと、瑞穂が隣に座り、龍太郎の目尻をハンカチで抑えた。俺は泣いていたのか・・・・ 「大丈夫だよ。大丈夫。心配いらないよ。」 瑞穂の目も潤んでいた。 龍太郎は思わず、瑞穂にキスをした、勢い余って、歯と歯がぶつかる。そのまま上半身をベッドに押し付けた。 服の上から、瑞穂の乳房を初めて触ると、心臓の鼓動が手に伝わる。 それが、自分の鼓動なのか、瑞穂の鼓動なのか分からない。 ただ、一つだけ分かった事は、彼女が既に覚悟を決めていたことだった。 「あんたが、生まれたから、私は不幸になったんだ」 龍太郎は、その手を放して、壁に向かって頭突きをした。 「龍太郎君、血が」 瑞穂がさっきのハンカチを手に取り、切れた右の額を押さえる。 「ごめん。お前に恥をかかせた」 「ううん、恥なんてかいていないよ。私は」 それから、龍太郎は、自分の事を語りだした。 龍太郎は、父親を知らない。母親が、w大学の二年生の冬頃に、大学構内で出会った男と付き合った。その男は、母の一つ上で文学部に在籍していると語っていた。 大学近くに、借りていた母親のアパートに転がり込んだ男は、講義にもいかず、家の中で煙草を吹かしながら、いつも原稿を書いていた。その男の夢は小説家になる事と何時も言っていたが、原稿自体は、見せてもらうことが出来なかった。 母が、三年生の春に、妊娠していることが分かった。 男に相談した時、「俺は父親になるのか、こんな嬉しい事はない」とか「俺は小説家をやめて、就職するよ」と言っていたらしい。 その言葉を信じた母は、気づいた時には中絶手術は、既に出来なくなっていた。 お腹の膨らみが目立ち始めたころに、男はアパートから居なくなった。 母は、男を探すために、学生課に、その男の名前を告げたが、その男は、w大学の学生ですら、なかった。 「男が残していったカバンに原稿があって読んだが、あまりに稚拙過ぎて、内容さえ覚えていないと語っていた。」 母親が言うには、妊娠した後も男が【もっともらしい言葉】を吐き続けたのは、少しでも長く母親のアパートに居付きたかったからだと答えていた。 龍太郎を生んだ後、母親は、鬱病を発症した。 龍太郎の幼年期は、祖母が殆ど面倒を見たが、小学4年生の時に脳溢血で倒れた。 躁状態の時は、とても良い母だった。私にはアンタしかいないと抱きしめてくれた。 だが、うつ状態で薬を飲んでいる母は、何を話しかけても無駄だった。 食卓で、ご飯を食べている時も、母は虚ろな目をしながら、飯粒をポロポロ落とし、涎が垂れる 龍太郎は、母の口元を拭きながら、自分も食事をする。 「あんたが、生まれたから、私は不幸になったんだ」と呪文の様に唱える。 それでも龍太郎が、安定した精神を保つ事ができたのは、野球に没頭した事と、家にテレビが無かった事だった。 龍太郎は、野球に関する書籍を読みまくった。夜は一人で、バットを振り、ピッチングフォームを仕上げた。 家にテレビが無かった為、本を読んだ。本には、家族の描写が書かれている箇所があったが、そんな家族の団欒は、階級が高い一握りのものと思いながらも、憧れていた。 「俺が、小学校六年生の時に、友達の家で、ゲームをしていて、帰りが遅くなったことがあったんだ。友達の母親に、夕飯を一緒にどうだと誘われたので、甘えさせてもらった。父親も帰ってきて食事を始めたんだが、その団欒には色が有ったんだ。」その友達の家は、お世辞にも階級の高いところでは無かった。 その時に気づいたんだ。俺がマイノリティな家族である事に。食事の際に、そこに色が無いのは異常なことだって。 それが分かった途端、龍太郎は嘔吐して、友達の家を飛び出していた。 俺が生まれたせいで、一般的な団欒さえも、築く事ができなかったんだ。母を哀れに思った。 中学二年の時に、母は大学時代のアパート近くの河川に身を投げて死んだ。 葬儀が終わった後、母の兄にあたる伯父は龍太郎に言った。 「君の近親者は、もう私しかいない。だが、君を私の家に入れると、バランスが崩れる。だから、一人で生きて欲しい」 伯父は、東京で大学教授をしていて、論理主義者だった。 「君の祖母、つまり私の母は、もうすぐ死ぬだろう。彼女の遺産は、君にも継ぐ権利がある。それを私が肩代わりして、君に生活費を送る。アパートも近くに借りたから、そこで一人で暮らしなさい。アパートの大家さんとも話は付いている」 この話を周りにすると、眉を顰められるが、龍太郎は有難いと思った。 近くにコンビニもあったし、同じアパートに住む、年老いた大家も時々、心配して声を掛けてくれ、ご飯も食べさせてくれた。 何か欲しいものがあれば、月次報告書と、共に理由書をA4の紙に、まとめて書いて出すと、文章の間違いを添削されるが、その分のお金はすぐに、振り込まれた。 伯父には、感謝している。今の自分の精神性を支えたのも、この生活のおかげであると思っている。 龍太郎が、高校に推薦入学する時に、どうしても保護者に来てもらう必要があり、その時は、伯母が来てくれた。伯母と別れる前にファミレスで共に、食事をした時だった。 「大きくなったね。もう見違える。そうだ、パパから、お祝いを預かっているの、これ」 達筆でお祝いと書かれた封筒と共に、写真があった。その写真を見てみると、幼い龍太郎と伯父がキャッチボールをしていて、伯父が笑っていた。初めて伯父が笑っている姿を目にした。 「フフ。龍太郎君は覚えていないかもだけど、うちのパパ、甥っ子ができたと分かると喜んだの。ホラ、うちは、二人とも娘だし。その写真も、パパは、書棚に大切に保管していて、それを私が内緒でコピーしてきたの」 その後、伯母は、龍太郎君ごめんね。パパを恨まないでね。とボソリと言った。 龍太郎は、伯父には感謝しているし、いつか恩返しがしたいと思っていますと伝えた。 ※ 龍太郎は右の額から血が止まった事を確認して、ハンカチは洗濯して返すと瑞穂に言い 「俺は、色がついた団欒と言うヤツを、瑞穂と一緒に作りたいと思っている。瑞穂には悪いが、俺が大学を卒業して、経済的に自立するまで、待っていてくれないか?」 瑞穂は、龍太郎をじっと見つめてから 「龍太郎君は、勘違いしているよ。」 「私はもう、あなたの幸せしか願っていないの。あなたが待てと言うなら五年でも十年でも待つよ。あなたが言う色の付いた団欒に私がいるのが幸せだと思うけど・・・いなくても関係ないの。龍太郎君、亜希ちゃん、英嗣君、八雲君、皆の幸せの為に生きる。高校生になってそう決めたの」 龍太郎から、血の付いたハンカチを取り上げて、ポケットにいれた瑞穂は 「だから、あなたの将来に、ちゃんと私がいると考えてくれている、それだけで今は最高に幸せだし、これからも生きていける。」 満面の笑みを浮かべた瑞穂はそう言った後、チョンと跳ね上がり、龍太郎が腰を掛けている傍に近づいた。 「ただ、一つだけ、あなたに文句を言う事ができるなら、ファーストキスだけは、ロマンチックなヤツが良かったな」 と瑞穂が、お道化た様に言うと、龍太郎は静かに唇を重ねた。 相関図 濱野 龍太郎(船橋中央高校2年生) 小住 瑞穂(船橋中央高校2年生)
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