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現在19(居酒屋 串松にて)
先日の動画のことで、龍太郎から、呼び出された八雲が、串松に入ると、亜希がビールのジョッキを運んでいた。
「あら、八雲君。久しぶりだね。もう龍太郎君来てるよ」
「なんだ?その気持ち悪い話し方」なぜか、亜希が珍しく、しおらしくなっている。
陽介は、テーブル席に座っているが、何となく元気が無い。声を掛けようとした時、亜希は微笑みながら、座敷席に誘導した。
半開きの襖を覗くと、龍太郎と佐分利が座っていた。
「よお。もう先に飲んでたぞ」既に龍太郎の脇には焼酎のボトルが置いてある。
「先日はどうも」と佐分利は八雲に挨拶する。
「佐分利さんも今日は非番ですか。休みなのに付き合わされて大変ですね」
佐分利は苦笑いをしながら、焼酎のグラスに口を付けている。
「佐分利さんは、お酒もお強いんですね。八雲君は何にするの?」
相変わらず、亜希は気持ち悪い話し方だ。
「じゃあ、生ビール」
亜希は、空いたジョッキと皿を持って厨房に入って行った。
「なんだありゃ」と八雲が呟いた時、いきなりカウンターの陽介がノートをバンっと勢いよく閉じて立ち上がった
「今日は、2階で勉強をします。失礼します」と八雲と龍太郎に頭を下げた。
こんなに不機嫌な陽介を、今まで見たことが無い八雲は、学校で何かあったのかなと心配する。
陽介がドアに手を掛けた時、龍太郎が陽介を呼び止めた。
「陽介。この兄ちゃんには、もう奥さんがいるぞ。心配すんな」
陽介は振り返ると「え?本当ですか?」と座敷に戻ってきた。
その瞬間、ジョッキを持った亜希が今度は座敷に戻って来て「え!だって、指輪してないじゃない」
佐分利は「私は金属アレルギーで、指輪付けると痒くなるので・・・・嫁も了承しています」
亜希は、ビールジョッキを八雲の前に叩きつけて、紛らわしいんだよ!期待させやがって!と厨房に戻って行った。
龍太郎は、豪快に笑いながら、「陽介はママを取られるかもしれないと嫉妬したんだよな。でも、ママも結婚したい相手が出てくるかもしれないから、その時は真剣に考えてやれよな」
陽介は付き物が取れたかの様に、朗らかな顔になり
「龍太郎さん、僕はママが、いつ結婚しても良い様に心の準備はできていますよ」
陽介は、笑顔で一礼して串松のドアを出て行った。
その時、一瞬であるが、英嗣の姿をチラッと陽介が見たのを八雲は見逃さなかった。
龍太郎は、餃子を頬張りながら、八雲に話を切り出した。
「八雲、また、同じような事件が起きたぞ。高校生が交差点で男性の背中を押して、交通事故を起こした。腰の骨を折る重傷だ」
佐分利が龍太郎の空の焼酎グラスを取りながら、八雲を見つめた。
「八雲さん、今回ばかりは、濱野さんの推論を私も信じなければなりません。」
「どういうことですか?」
「先日の八雲さんから、貰ったメールの動画を分析しました。消える前にデータを特殊な方法で抽出しました」
龍太郎は話の途中で割込んできて
「若菜ちゃんは、「お」「せ」という文字が埋め込まれていたのを見たと思うが、その他に写真が埋め込まれていた。その写真の人物が今回の被害者だ。しかも、俺は、数週間前に会っている」
焼酎の入った耐熱グラスに佐分利はお湯を注いで、龍太郎の前に置く。
「八雲さんは、転落事故の件を知っているんですか?」
龍太郎は、ああ、そうだなと呟き、
「八雲には言ってなかったんだが、四年前に、クラブハウスが建っている場所で、転落死亡事故があったんだ。知っているか?」
「いや、俺が来たときは、あの場所は何もなかった」
「二階建ての倉庫が有ったんだが、事故が起きてから、すぐに解体されたんだ」
「だから、校長と、クラブハウスを見ていたのか」
「ああ、美馬校長は、事故の当時も城北高校に教頭として勤務していたからな」
当時の校長は施設管理不足の責任を取り、辞職し、教頭がそのまま校長になったと、龍太郎は語った。
「その転落事故と、今回の事件は、何か関係性があるのか?」
「まず、鉄道で起きた二件の事件の被害者は、その転落死した生徒の担任、副担任だった。俺が会って来た男は、その生徒の友人であり、事故の目撃者だ」
八雲は目を丸くした。確かに偶然にしては・・
「八雲は、サブリミナルというものを知っているか?」
「実は、あの件があったから、俺も調べたんだ。映画を見に来た観客にポップコーンやコーラのフラッシュ映像を混ぜて、映画を鑑賞させたところ、ポップコーンやコーラの売り上げが伸びたってやつだろ」
サブリミナル手法とは、静止画像を連続して表示する事で成立している動画の中に、1コマやそれと同程度の非常に短い時間だけ別の画像を混ぜ込むことにより、視聴者に気づかれる事無く、混ぜ込んだ画像のイメージを潜在意識下に植えつける事が出来ると言われている手法である。
八雲が若菜と見た映像が、時々、光って見えたのは、その埋め込まれた静止画が出力されている時だった。
八雲は泡が消滅しそうになった、ビールに口を付け
「でも、実証実験では、効果が無かったという結果が出ていて、眉唾ものだって話だが」
「ああ、そうだ。だから、正式に捜査さえできない。科学的な根拠が無いからな」
「ただな、今回のサブリミナルのターゲットは、思春期で精神バランスが脆い高校生だ。
しかも、自分の知っている女子が出ているのではないかと、普段ではあり得ないような集中で動画を注視する。さらに言えば、実証実験での人数とパイが違うだろう。もしかしたら、千人以上のユーザーがいるかもしれない。絶対効果がないとは言い切れない」
龍太郎は、唇に着いた餃子のタレをオシボリで拭きながら
「それに、本当に効果が無いのなら、なぜテレビ局はこの手法を禁止している?」
その時、八雲はハッと気づいた。
「龍太郎、まさか、転落死した生徒も、サブリミナルによって落とされたと考えているわけか」
「あり得なくは、無いだろう」
龍太郎は、引き続き、城北高校で調査を依頼し、5~6年前の生徒名簿や、写真がないか、事故当時の事を知っている教師がいれば、山梨、富永、染谷と言う名前の生徒の事を聞いて欲しいと言った。
相関図
八雲 直毅(城北高校の物理教師)
濱野 龍太郎(千葉県警の刑事)
松木 英嗣(居酒屋_串松のオーナー)
城石 亜希子(居酒屋_串松のアルバイト)
【八雲、濱野、松木、城石は、高校の同窓生】
城石 陽介(城石 亜希子の息子)
佐分利 孝(千葉県警の刑事)
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