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高校時代20(十三年前_甲子園大会予選_高校3年生)
【十三年前、濱野龍太郎 高校3年生_船橋中央高校】
新聞の下馬評を覆し、二日前の準決勝を、英嗣の逆転サヨナラツーランで制した八雲の高校は、創立以来、初の甲子園出場が現実味を帯びてきて、生徒や保護者、OB、全ての関係者が浮足立っていた。
急遽結成された応援団や、チアリーダー達も数試合を通して、様になっている。
八雲、瑞穂、亜希も、ブラスバンドの演奏に連なり、グラウンドに向けて、大きな声を張り上げる。
甲子園常連の、習志野高校は、大応援団を有していて、地鳴りかというくらいの声援だ
決勝は、新聞の予想通り、投手戦となった。龍太郎は一回戦から、全ての試合で投げ続けている。
両投手とも、4回まで完封して、5回表、龍太郎は初めてピンチを背負うことになった。
ツーアウトから、二者連続でレフト前に運ばれた所で、英嗣は、タイムを掛けて、マウンドに向かった。
「すまん、英嗣、甘めに入ったな」
「いや、あのバッターは、追い込まれてからは、内角低めだった。亜希と瑞穂のノートに書いてあった。俺の判断ミスだ」
そう言いながらも、龍太郎の球が、少し浮きだしているのを英嗣は感じていた。疲労だろう。気温は30度を超えている。マウンドでの体感温度は40度を超えるだろう。
できるだけ、少ない球数になる様にコントロールしなければならない。勿論、習志野高校も、こちら側にリリーフピッチャーがいない事を研究済みだろう。控えの投手は、二年生の瀬戸という普通クラスからの生徒だった。普通クラスからレギュラーを取るのは難しく、入部当初から諦めて辞めていく生徒が多い中、一年の頃から、龍太郎達の自主練に申し出て参加していた。
自主練に最後まで喰らい付き、二年生で控え投手となった。来年は、もしかしたら龍太郎と肩を並べるくらいになるかもしれない。
ただ残念ながら、今は、強豪の習志野高校を抑える様なレベルには達していない。
少ない点数で決まる。次のバッターは凡打か三振で抑えて、立て直すしかない。英嗣は考えていた。
龍太郎は、そんな顔をするなと言い、
「なあ、英嗣。スガッチョ。今日来てるかな?」龍太郎は笑顔で言う。
「ああ、どこかで見てるだろう。もしかしたら警備員の恰好しているかもな」笑いながらボールを龍太郎に渡した。
バッターボックスに立つ、七番バッターは、亜希と瑞穂のノートには無かった。多分、昨日の試合で足を負傷したライト選手の控えだろう。
亜希と瑞穂は、二年生の後半くらいから、他校の試合を覗きに行っては、データを取っていた。
暇つぶしにやろうと、亜希が、けしかけた活動だったが、エクセルで作られたデータは案外と的を得ている。
特に、瑞穂の分析は鋭い。
当初、野球のルールさえ知らなかった瑞穂は、「初めての野球入門」と言う本を、常に携帯し勉強していた。
小住家では、常に野球中継が流れ、瑞穂は家でスコアブックを付けていた。
三年生の春に、「振り逃げ」を知らなった八雲に、こんこんと説明した瑞穂の姿が懐かしい。
準決勝で戦った、対戦高校の四番の選手は、亜希と瑞穂が頻繁に見に来るため、自分のファンと勘違いしたらしい。
亜希が腹を抱えて笑う話によると、常に女子のファンを帯同したその選手は、亜希と瑞穂の元に休憩中にやって来た。
「君たち良く見掛けるけど、もしかして俺のファンかな?聞きたいことがあれば答えるけど」
その選手は亜希を見ずに、瑞穂を見ている。
典型的なスケコマシだ。亜希はイラっとした。
瑞穂は、うわぁ良い人で良かったね。亜希ちゃん!と言って、
「三試合の内で、内角から外角に落ちるカーブを全部打ち損じているんですけど、あれ苦手なんですか?」
亜希は、口をあんぐり開けて瑞穂を見る。
その選手も目を見開いている。
「あ、すいません。私の説明が下手で。こういう風に落ちるヤツです」今度はボールの軌道を手で表現している。
選手は低い声で、なんだこの女,と呟いた。
当たっている!亜希は直感で思い、瑞穂の細い腕を、引っ張って走った。
「瑞穂!でかした!逃げるよ!」
準決勝では、その選手は四打席、全てを引っ掛けた。
瑞穂のド天然も、時には役に立つんだなと、亜希と話したばかりである。
外角のストレートで、ストライクを二つ取り、一打席目で詰まらせた内角のスライダーを要求する。
ランナーを気にしながら、セットポジションから、龍太郎が投げる。
やばい!曲がり切れてない。キンッという乾いたミート音がして、次の瞬間、龍太郎が蹲っていた。
ピッチャー強襲のボールが、龍太郎の右肩に直撃していたのだ。
龍太郎は、グラブを投げ捨て、左手でボールを掴み、膝をついた時に、審判が試合を切り、タイムが掛かった。
英嗣がマウンドに近づいた時には、龍太郎が肩を抑えて苦悶の表情を浮かべた。猛暑による汗なのか、油汗なのか分からないが英嗣は、これ以上の投球は無理だと悟る。ドクターが担架を要求し、龍太郎は運ばれていった。
瀬戸がマウンドに上がる。数球の練習を行ったが、ボールは定まらない。
その後は、圧倒的だった。強豪がこんなチャンスを逃すわけがない。満塁のランナーは全てホームインして四点差が着いた。
※
龍太郎が、ピッチャー返しで蹲る姿を見て、八雲が立ち上がる。隣の瑞穂は震えて、口を押さえていた。
担架で運ばれた後、居ても立っても居られず
「ちょっと見てくる」と席を立った。八雲に呼応するように瑞穂と亜希も立ち上がる。
球場の中にある救護室が見つからず、案内板を見返す。
試合は六回表になって、また二点を追加された様だ。
すると、案内板の脇のドアが開き、三角巾と包帯で肩を固定された龍太郎が出てきた。
部屋の中に向かってお辞儀をした後、八雲を見つけると
「八雲!どうなっている?」
「六点差だ。六回表、習志野の攻撃」
龍太郎は、速足でベンチに向かった。ドアから白衣を着た医師が出てきて、救急車が来るよと叫んでいた。
龍太郎は、動くたびに軋む痛みを堪えながら、六点差か。くそっ!と呟いた。
習志野の投手は、春の甲子園でも注目されたピッチャーで、龍太郎が放ったヒット一本に抑えられていた。
ベンチに戻ると、左バッターにライト前に運ばれた所だった。
監督にタイムを要求し、伝令としてマウンドに向かう。
瀬戸は泣いていた「龍さん。すいません。ごめんなさい」内野陣がマウンドを囲む。
「ボン!どう思う?」セカンドを守るボンこと、山野に龍太郎は、問いかける。
「いや~~無理だろう・・・ククク」
「哲太は?」
「良い夢見れたな~。久しぶりに親父が、朝に話しかけてきた。頑張れって」
「英嗣は?」
「悪くない高校野球だった。まあ、上出来だろう。よし!残りは全力で楽しもう!」
龍太郎は、瀬戸を左手で立たせて
「瀬戸、残りの回は、自分の為に投げろ。来年をイメージしてな。その時は、こいつらの様に諦めが早い奴らじゃない仲間が、お前の後ろを守ってるさ」
共に三年間戦った内野陣の戦士達が白い歯を見せて笑う、笑みを浮かべながら戦士達が散る。
「おらぁ、セカンドに打たせろ!瀬戸ぉ!」
「ショートだ。ショートに持ってこい!」
キャッチャーの英嗣は、ベースに戻る前に振り返り、大声を張り上げ、鼓舞した。
こいつらと、やれてよかった。英嗣は、マスクを被り、ミットを構えた。
結果は、七対一、最後に這いつくばる様に粘りを見せて一点を返した。
次の日の新聞には、エース投手が怪我をするアクシデントが有り、試合の均衡は破れたが、清々しい試合だったと
スポーツ面に記載されていた。
相関図
八雲 直毅(船橋中央高校3年生)
濱野 龍太郎(船橋中央高校3年生)
松木 英嗣(船橋中央高校3年生)
小住 瑞穂(船橋中央高校3年生)
城石 亜希子(船橋中央高校3年生)
山野(船橋中央高校3年生 野球部)
哲太(船橋中央高校3年生 野球部)
瀬戸(船橋中央高校2年生 野球部 リリーフピッチャー)
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