高校時代22(十三年前_元旦_高校3年生)

1/1
前へ
/32ページ
次へ

高校時代22(十三年前_元旦_高校3年生)

【十三年前、濱野龍太郎 高校3年生_船橋中央高校】 それまでの龍太郎の元日は、特別な日ではなかった。 朝練をして、コンビニで弁当を買って食べ、トレーニングをして就寝する。母が存命な時も、特に変わらない一日だった。 ただ、今年の元日は、瑞穂の家に招待されていた。 小住家の玄関には、注連縄しめなわが飾られている。呼び鈴を押すと瑞穂が返事して玄関が開いた。 ネイビーのニットワンピース姿で、髪を結い、少し化粧もしているようだ。 「明けましておめでとうございます」と挨拶を交わし、あがらせてもらう。瑞穂の母親と台所で新年の挨拶を交わしたところで、床の間から瑞穂の父親が、龍太郎を呼んだ。父親は着物を着て座っていた。 「おじさん。明けましておめでとうございます」 「うん。おめでとう。よく来たね。こっちに来て座って」屠蘇が飾られている前に座る様に促される 小住家の式三献を行い、再び挨拶をした。 「龍太郎君、はい、これ」ポチ袋を手渡す。 「おじさん、それは受け取れないです。濱野の伯父に怒られます」 先日、伯父から、瑞穂の父親と自分は知り合いで失礼の無い様にと、手紙で釘を打たれていた。 「いや、濱野教授とは、先日、お話しした。濱野さんと僕は、似通った研究内容なので、今までも良く学会で御一緒させて頂いていたんだが、濱野さんの方から龍太郎君の事を聞いた時は本当にびっくりしたな。その後、二人で食事をさせてもらってね。」 伯父は、瑞穂が届けている弁当の事を初めて知って、甥が甘えてしまい申し訳ありませんと、食事の提供を、丁重に断ろうとしたところ、瑞穂の父親は、娘が望んでいる事なので、龍太郎君が、嫌と言うまでは、やらせて欲しいと、逆に頼み込んだと言った。 「もう一つ、濱野さんにお願いしたのが、今日の事さ。だから、問題無い」 龍太郎は、少し躊躇したが、遠慮なく頂くことにした。 「そう言えば、この前、貸した本は読んだかな?」瑞穂の父親は、経済学の教授であったが歴史が好きで、龍太郎も同じであった為、良く二人で語り合っていた。龍太郎君が、早くお酒が飲める年齢にならないかなと、日頃から呟いている。 「はい。読みました、歴史の陰に隠れた、石田三成の主君を思う気持ちが・・・・」 と言い出した時に、母親が入ってきて 「ハイハイ!そこまで!また、龍太郎君を取っちゃって。後で、また瑞穂に怒られますよ」 母親はテーブルに御節料理を並べながら 「龍太郎君、瑞穂と二人で、魚政さんにお造りを取りに行ってくれないかな」 台所で料理の手伝いをしていた瑞穂を呼ぶ。 新年の福袋を買うために、ショッピングモールには、長い列が出来ていた。 晴れ晴れとして活気の有る行列を横目に、龍太郎と瑞穂は並んで歩く。 老舗の魚屋で、風呂敷に包まれた御造りを受け取り、来た道を帰ろうとすると瑞穂が、龍太郎のコートの袖を引っ張った。 「龍太郎君、ちょっと寄り道して帰ろうか」と言い、瑞穂が脇道に入っていく。 少し歩いていくと、突き当りに古びた神社が見える。 ただ、元日にも関わらず、参拝客などはいない。見た目で神主さんは存在しないような境内だった。 瑞穂は鳥居で一礼し、歩を進める。 賽銭箱は撤去してあるらしく、錆びた鈴に、色落ちした鈴緒が、ぶら下がっている。 瑞穂と龍太郎は、並んで参拝した。 「この神社はね。私の中学三年生までは、神主さんが居たんだけど、亡くなってからは、こんな感じになっちゃった」 手水舎にも水は入っておらず、枯れた落ち葉や枝が入っている。 「神主さんはね。スルメのお爺さんって自分の事を言うの。多分、八十歳は超えてて皺だらけだったからかな。私も、そう呼んでた」 「私が小学校や中学校で、どうしても我慢が出来ない時に、保健の先生に無理を言って、早退させてもらってたんだけど、早く帰っちゃうとお母さんを心配させちゃうんで、この境内の階段で勉強してたの。そしたらスルメのお爺さんが来て、神社の中にいれてくれてね。昔、書道教室をしてたみたいで机もあったの。お爺さんは、特に何も理由を聞くこともなく、ノートを見ては、褒めてくれたり、お茶を出したりしてくれたの」 冷たい風が吹いて、瑞穂は髪を抑えながら 「中学三年生の春に、スルメの御爺さんが入院することになり、もう、ここには戻って来れないだろうと言って私に、このお守りをくれたんだ。」 瑞穂は、ポケットの中からお守りを取り出した。 「この神社は縁結びの神様なんだって教えてくれて。その三日後にお爺さんは亡くなったの」 「でも、このお守りの御蔭で、私は、龍太郎君、亜希ちゃん、英嗣君、八雲君に出会えた」 瑞穂は、お守りを両手で握って目を閉じていた。 「今日は、神様とお爺さんに、龍太郎君と出会えたことを報告したくって寄ったんだ」 龍太郎は、神殿を向きながら 「そうか。なら、もう一度参拝するか。俺もスルメさんに、お礼を言いたい」 再び二人で鈴緒を鳴らし参拝した後、龍太郎が、左手でお造りの風呂敷を掴み、右手を瑞穂に差し出す。 右手に手袋を付けた瑞穂は、片方の手袋をポケットにしまい、握り返した。 乾いてゴツゴツした掌を感じると、みぞおちに熱いものが溢れる感じがした。 相関図 濱野 龍太郎(船橋中央高校3年生) 小住 瑞穂(船橋中央高校3年生) 小住 純一郎(小住瑞穂の父)   小住 里香(小住瑞穂の母)
/32ページ

最初のコメントを投稿しよう!

45人が本棚に入れています
本棚に追加