45人が本棚に入れています
本棚に追加
現在7(富永アパートにて)
高校生の山梨良治が体育倉庫から転落した事故報告書によると、事故を目撃したのは男性1人と女性が1人の計2人だった。
事故の概要は、山梨が体育倉庫の屋外階段に上り、その踊り場に吊るされていた人形(兎の形状)を外そうと寄りかかった所、階段の柵が崩壊し転落、首の骨を折り、死亡した。
階段の柵は、腐食して折れていて、人為的な細工も確認されなかった為に事故と判断された。
目撃した男性は、富永慎二、 山梨の同級生だった、目撃した女性は、矢野まどか城北高校の生徒ではなかったが、事故現場に居合わせた。
備考欄に当時、山梨良治と当時交際していたという報告が残っている。
龍太郎は、富永慎二の照会を本部に問い合わせた所、半年前に大麻を所持して逮捕されていて、現在は執行猶予中になっている、住んでいるアパートも特定することができた。
訪れた千葉の郊外にあるアパートは、昨今の台風のせいなのか、雨樋は天井部分で外れ、渡り廊下の波板は外れかけていて、風が吹く度にパタパタと言う音がしている。腐食して踏み台に小さな穴が複数開いている階段には、このゴミは回収できませんと貼られたゴミ袋が、無造作に置かれていた。
アパートの2階奥の部屋が、富永の住所になっていた。龍太郎が呼び鈴を押す。
錆び付いた鉄扉が音を立てて開き、胸の部分が大きくはだけた服の女性が出てきた。
水商売をしているのか、昼間なのに眠そうな表情で龍太郎を見る。
「なにか?」
「千葉県警の濱野と申します。富永慎二さんいらっしゃいますか?」
「警察?慎二!あんた、またなんか、やらかしたんか!警察が来とる」
背後から、同じように眠そうな顔をして、男が現れた。
「馬鹿か、俺は執行猶予中やぞ。なんかやったら刑務所に、ぶち込まれるやろが」
女を押しのけ、龍太郎に近づいた。アルコールの臭いが鼻を衝く。
「警察が何の用?」男性は自分が富永だと名乗った。
「お休みのところ申し訳ありません。実は山梨良治さんの事故の件で、お伺いしたいことがありまして」
「良治の事・・・・おい、まどか!懐かしい名前が出てきたぞ。山梨良治やって」
背後で、女がタバコ咥えて、龍太郎を横目で見る。
「え?まどかって。矢野まどかさんですか?」
富永は、女性が火をつけて咥えたタバコを掴み、吸い始めた。
「ああ、今は、富永まどかやけどな」
「では、お二人とも、あの転落事故を目撃されていると言うことですね」
「それで、何が知りたい。ただな、俺も忙しい身や、それなりにな」
龍太郎は、胸ポケットから一万円札を取り出し、開いているアパートの鉄扉に掌でバンッと押さえつけた。
「ほお。あの事件の時は、馬鹿な警察しか居らんかったけど、あんたは違うな」
「事故の詳細を教えてほしい。できるだけ詳しく」
富永は、ビールを持ってこいと女性に命令した。
「俺と良治は、ボクシングの特待生で、城北高校に入学した。俺が、城北高校中退と言っても、誰も信じないんだが、俺たちの代から、スポーツ・芸術特待クラスができたんや」
確かに、城北高校は、高い進学校という評価になっている。
「だから、学校を占めるなんて余裕だった。周りはボンボンばかりだったからな。俺と良治で初年度から3年生まで占めていた」
富永は、渡された缶ビールのプルを爪で開けて、話を続ける
「当時の教師も俺らにビビっていた。ただ、校舎内で煙草を吸う訳にもいかなかったので見つけたのが、あの体育倉庫だったんだ。教師達も暗黙の了解で、そこには近づかなかった。関わると面倒臭いと思ったんだろうな。今は、あの時のクソ教師の気持ちが、ある程度理解できる。だって普通に面倒くさいだろ」
龍太郎は、富永が言う普通が理解できなかったが、耳を傾けた
「あの日、俺と良治、それとコイツで1階倉庫の中で、ヤッてたんだ」
龍太郎は、眉を潜めて
「ヤッてた?」
「3pだよ。3p。アンタヤッたことないのか。コイツは胸だけはデカいからな。馬鹿だけど」
「ちょっと待ってくれ。体育倉庫は鍵無しで入れたってことか?」
富永は煙を、龍太郎に吹き付けて
「ああ、ザルだザル。色んな所が腐ってたしな。ただ一つだけ、俺が不思議に思っているのは、俺らが、その倉庫に入った時に、二階の階段には人形が無かった。人形だ。ウサギの形の」
「それは報告書で見た。確かなのか?」
「ああ、だから、俺が良治に、何だあれって指をさしたんだ。ウサギを見た瞬間に、良治の顔色が変わった。目がイッてた。」
「当時、あんたの奥さんと付き合っていたんだろう。彼女に渡そうとして、その人形を外そうとしたんじゃないのか」
「汚れている薄汚い人形だぜ。まどかも、そんなのいらないって叫んだんだ。なあ。」
後ろの女に声を掛ける。
「本当に何かに取り憑かれた様だった。そしたら、落ちた」
ペッと玄関の脇にある錆びついた流し台に向かって唾を吐き、吸殻を捨てた。
シンクの中に捨ててあるコンビニの袋に生ゴミが入っているのか、臭いが気になる。
「警察に、話したんだが、全く取り合っても貰えず、挙句の果てには、薬をやっているのかと言いやがった」
富永は、首の後ろをボリボリと掻きながら
「なにが、ショックだって、あんなに喧嘩が強かった良治が、一瞬で死んだことだ。俺ら二人は、あの時の呪いが何時か起きるかもしれない、またあのウサギが俺らの前に現れるかもしれない。その時はお互いで阻止しようと真剣に話し合った。だから、今一緒にいる」
富永は、背後の女の腰を引き寄せ
「こいつは良いんだ。高校の時から、生でやってるけど。一度も孕むことがねえ。今は風俗で働かせてるんだが、そこでも客に生でやらせてる。そっちの方が儲かるからな。子宮が腐ってんだろうな」
聞くに堪えない様な言葉に虫酸がはしる。しかし、それ以上に龍太郎を苛立たせたものは、女がそれを自分の価値と勘違いしてるかの如く、自慢げに佇んでいることだ。
思わず、瑞穂の死を考えさせられる。
「まあ、そんなところだ。これで良いだろう。よこせよ」
鉄扉に押し付けた1万円札に、手を掛ける。
龍太郎は、それを躱して、目の前に持ってくる。
「最後の質問だ。君らの周りにパソコンが得意な奴はいたか?」
「俺らの周りはクズばかりだ・・・・だが良治が死ぬ前に、アイツの家で新品のパソコンを見たことがある。これどうしたんだと聞いたら、染谷に貰ったと言っていた。」
「染谷?」
「ああ、俺らがイジメ抜いて、高校2年の途中で退学した奴だ。家が金持ちで威張ってたんで、しめてやった。染谷にもらったと言っていたが、パクったんだろうな。」
メモをして、名前の漢字を富永に確認した。
「ありがとう。助かったよ」
龍太郎は、扉を閉めて出て行った。
背後で、扉を開け半身になりながら富永が、おい!ふざけるな。金をよこせ!と叫んでいる。
後味の悪い時間だったな。思い出させやがって。くそっ。
階段の途中に捨ててあった、空き缶に靴がぶつかり、その中から黒い液体が流れ出した。
赤ん坊の鳴き声が聞こえ、「うるせえ!黙らせろ!」という男性の声が聞こえる。
龍太郎は、携帯で佐分利に電話を掛けた。
相関図
濱野 龍太郎(千葉県警の刑事)
山梨良治(過去に城北高校で転落事故死した生徒)
富永慎二(転落事故を目撃した山梨の同級生)
矢野まどか(転落事故を目撃した山梨の同級生・恋人)
最初のコメントを投稿しよう!