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まず、濡れた布巾の上に大きめのボウルを載せる。
その中に、あらかじめ分量を計っておいた小麦粉、砂糖をふるい入れて、
さらに塩をひとつまみ加える。
粉類を入れ終えたら、大きな円を描くようにぐるぐると手で混ぜる。
「ヘラを使わないんですか?」手を動かしながらわたしが訊く。
「ヘラもいいですけど……」
わたしの手元に目を向けたままマスターが答える。
「手で混ぜた方が美味しくなるんです。おにぎりと同じですよ」
ある程度混ざったら、スプーンで菜種油を加える。
醤油みたいに出し過ぎないよう、慎重に瓶を傾ける。
スプーンに残った油まで綺麗に指でこそげ落としたら、
そのままその手でボウルの中身をぐるぐる混ぜ合わせる。
「もう少し油を足しましょうか」
中々まとまらない生地と奮闘しているわたしを見兼ねてか、
マスターが手を伸ばして油の瓶を傾ける。
わたしが顔を真っ赤にして作業しているというのに、
マスターの顔は相変わらず色白のまま、汗一つ浮かべていない。
やっと生地がまとまってきた。
混ぜ過ぎると硬くなってしまうらしいので、
まだ少しポロポロとかたまりがこぼれる程度で手を止めた。
一瞬倉庫に姿を消したマスターが、小さなカップを手にすぐ戻ってきた。
白いカップの中で、琥珀の液体が波打っている。
森で会ったときからマスターが手に提げていた、
ブリキのバケツの中身と同じだ。蜜のように甘い香りが鼻をくすぐる。
その香りが、記憶の中の〈あるもの〉の香りと完全に重なって、
わたしは思わずあっと声を上げた。
「メープルシロップ?」
マスターが頷く。
「これを加えると、より香ばしくてサクサクのクッキーになるんですよ。貴重なのでいつもは節約しているんですが、今日は特別多めに入れちゃいましょう」
マスターはシロップの瓶を傾け、スプーンでは計らず、
円を描くように生地全体に回しかけた。
マスターにボウルを押さえてもらって、わたしは再び生地と奮闘する。
「お菓子作りって割と体力勝負なんですね」と正直な感想を述べたら、
「だからって息まで止める必要はないんですよ」と返された。
シロップを加えたからか、先ほどよりも生地がしっとりとしてきた。
ある程度まとまったら、ボウルの壁についた生地を綺麗に集め、
ひとまとめにする。
それを外側から手前に折り畳み、掌の付け根でギュッと押さえつける。
「練っちゃだめですよ。焼き上がったときに硬くなっちゃうので」
え、折り畳んで押すのって、練るのと何か違うの?
生まれたての赤子に触れるかのごとく指先に全神経を集中させていたら、
「ちゃんと息してくださいね」とまた言われた。
そんなこと言えるのも今のうちよ、とわたしは胸の内で舌を出す。
ちょっと呼吸を意識しただけで、
お宅の商品がとんでもない毒物になっちゃうかもしれないんだから。
折り畳んで押す、という作業を二、三回繰り返したところで、
マスターが「このくらいでいいでしょう」とストップをかけた。
やっと解放されて呼吸に勤しんでいるわたしに構わず、
マスターはさっさと次の工程へ移ってゆく。
「ナツキさん、しっかりしてください。お菓子作りはスピードが勝負です」
マスターは台の隅に置いてあった丸いクッキー缶を引き寄せ、
そっと蓋を外した。
複雑に湾曲した銀色の型が並んでいる。
動物、木、家――他にも様々な形がある。
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