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改めて周囲を見渡す。
夜の海と砂浜とが、永遠と思えるほど遠くまで続いている。
ここはどこなのだろう。
かつて行ったことがあるような気もするし、ないような気もする。
けれど、ここがどこなのかという問題はあまり重要でないように思われた。
非日常的な空間に、今わたしは存在している。
それだけで、この不可思議な状況を説明するには十分だと思った。
百八十度視線を巡らした末に、わたしは自分の身体に目を落とした。
水と陸地の間からやってきたのにも関わらず、寝間着は少しも濡れていない。湿った砂に散々触れたはずの手足も、大して汚れてはいなかった。
このままじっとしていても仕方がないので、
陸の奥へ進んでみることにした。
街灯はないが、足元が見えないほどの暗さでもない。
このまま歩いていたら、そのうち何かが見つかるかもしれない。
ヒンヤリとした砂の上を、わたしは裸足で進んでいった。
それにしても、とわたしは歩きながら考える。
ここには砂浜しかないのだろうか。
もうちょっと、奇想天外な何かが起こったりしないのだろうか。
確かに、これは読者を楽しませるために創られた物語ではない。
普段平凡な毎日を繰り返すだけのわたしにとって、
布団の中から海辺に出たというのは、
それだけでも満足すべき出来事のはずなのだ。
けれども、心のどこかでこれ以上の非日常を望んでしまっている自分がいる。やっぱり本の読み過ぎかもしれない、とやりきれない思いがこみ上げてきた。
ふと、足の裏に砂以外の感触を覚える。
チクリと肌を刺すような感覚に視線を落とすと、
青々と茂った背の低い雑草が視界に飛び込んできた。
辺りを見渡せば、四方八方が樹々で埋め尽くされている。
いつの間に森へ踏み込んだのだろう。
永遠続いているように見えた砂地は、
気付けば草木の繁茂する土壌へと変わっていた。
夜の森は閑散としていた。
どこか遠くの方で響いている波の音と、自分の息遣いと、
裸足で草を踏む音しか聞こえない。
風もなければ、木の葉が互いに擦れあうこともない。
動物の鳴き声も、虫の羽音もない。
この森に生き物はいないのだろうか。
それとも、突然現れた部外者を警戒して、
みんな息を潜めているだけなのだろうか。
そんなことを考えていたら、木の根に足をすくわれて盛大に転んだ。
次の瞬間だった。
ガサガサと、自分以外の何者かが出す音が耳を打った。
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