1章 ホットココア

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改めて周囲を見渡す。 夜の海と砂浜とが、永遠と思えるほど遠くまで続いている。 ここはどこなのだろう。 かつて行ったことがあるような気もするし、ないような気もする。 けれど、ここがどこなのかという問題はあまり重要でないように思われた。 非日常的な空間に、今わたしは存在している。 それだけで、この不可思議な状況を説明するには十分だと思った。 百八十度視線を巡らした末に、わたしは自分の身体に目を落とした。 水と陸地の間からやってきたのにも関わらず、寝間着は少しも濡れていない。湿った砂に散々触れたはずの手足も、大して汚れてはいなかった。 このままじっとしていても仕方がないので、 陸の奥へ進んでみることにした。 街灯はないが、足元が見えないほどの暗さでもない。 このまま歩いていたら、そのうち何かが見つかるかもしれない。 ヒンヤリとした砂の上を、わたしは裸足で進んでいった。 それにしても、とわたしは歩きながら考える。 ここには砂浜しかないのだろうか。 もうちょっと、奇想天外な何かが起こったりしないのだろうか。 確かに、これは読者を楽しませるために創られた物語ではない。 普段平凡な毎日を繰り返すだけのわたしにとって、 布団の中から海辺に出たというのは、 それだけでも満足すべき出来事のはずなのだ。 けれども、心のどこかでこれ以上の非日常を望んでしまっている自分がいる。やっぱり本の読み過ぎかもしれない、とやりきれない思いがこみ上げてきた。 ふと、足の裏に砂以外の感触を覚える。 チクリと肌を刺すような感覚に視線を落とすと、 青々と茂った背の低い雑草が視界に飛び込んできた。 辺りを見渡せば、四方八方が樹々で埋め尽くされている。 いつの間に森へ踏み込んだのだろう。 永遠続いているように見えた砂地は、 気付けば草木の繁茂する土壌へと変わっていた。 夜の森は閑散としていた。 どこか遠くの方で響いている波の音と、自分の息遣いと、 裸足で草を踏む音しか聞こえない。 風もなければ、木の葉が互いに擦れあうこともない。 動物の鳴き声も、虫の羽音もない。 この森に生き物はいないのだろうか。 それとも、突然現れた部外者を警戒して、 みんな息を潜めているだけなのだろうか。 そんなことを考えていたら、木の根に足をすくわれて盛大に転んだ。 次の瞬間だった。 ガサガサと、自分以外の何者かが出す音が耳を打った。
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