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うーん、と唸る声で我に返る。
気が付くと、気難しい顔をした先生が、じっと珈琲の表面を睨んでいた。
「どうかしましたか?」
僕の言葉に、先生はますます眉間の皺を深くした。
「この珈琲、何かが足りないような……」
瞬間、ハッと胸を打たれる思いがした。
心当たりがあるかと問われれば、特にない。
だが実を言うと、これまでにも何となく、
自分ですら気付けていない何かがあるような気はしていたのだ。
完成したと思っていたパズルの脇に、
もう一つ余りのピースを見付けてしまったときのような。
得も言われぬ妙な気分に悶々としていると、
先生は「なんてな」と言っておどけたように肩をすくめた。
「冗談だよ。いつも通り旨い珈琲だ。実は、私は珈琲の細かな味の違いは良く分からないんだ。小説を書くのに、やり方だけは頭に入っているんだがね」
「そうですか……」
釈然としない心持のまま、僕は片付けに取りかかった。
先ほど使ったサイフォンと、
今しがた使ったネルドリップの容器とをまとめてシンクに移動させる。
とりあえず水に浸けておこうと蛇口をひねったところで、
背後から先生に声を掛けられた。
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