5章 汀ブレンド

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材料を抱えて店に戻ると、先生はいなかった。 手ぶらだったので、荷物はもちろん残っていない。 真ん中の丸椅子は、両隣の椅子に合わせてきちんと元の位置に戻されていた。 カウンターの上を見る。 空になったカップの脇に、一枚の絵と、 見覚えのない文庫本が一冊置いてあった。 僕は一枚の絵を手に取った。 子どもの落書きみたいな絵が描かれてある。 我ながら壊滅的な絵だ。 キリンを描いたつもりが、 どう見ても正しく育たなかったピーマンにしか見えない。 ふと、絵の下に薄く文字の跡が見えた。 窓から差し込む陽に透かしてみて、ハッとして紙を裏返す。 そこには、綺麗な筆跡でビッシリと文字が書かれていた。 極端に右上がりなのは、先生の字の特徴だ。 腰のエプロンを外して、真ん中の丸椅子に腰掛ける。 窓から吹き込む秋風を無視して、僕はその文面に視線を落とした。
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