1章 ホットココア

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「ナツキさんは」 台の上に材料を並べながら、マスターが言う。 「クッキーを焼いたことはありますか?」 「はあ。まあ、何回かだけなら……」 曖昧な答えを返しながら、わたしは手首のゴムで髪を束ねた。 料理をするからではない。 初対面の、しかも男の人の前で髪を乱したままでいたことが、 急に恥ずかしくなったからだ。 「頼みますね、明日の商品にするんですから」 「えっわたしが商品を作るんですか?」 面食らってそう尋ねるわたしに、 「だって、先ほど手伝ってくれるって言ったじゃないですか」 と怪訝そうな顔でマスターが返す。 「いや、その……手伝うって、ボールを押さえてたりするくらいじゃ……」 「そんなの駄目ですよ。自分で作るクッキーが一番美味しいんですから」 陽気な調子でマスターが言う。 まるで理由になってない。 そもそも、わたしは手伝うなんて一言も口にしていない。 「そんなに緊張しなくて大丈夫ですよ」 そんなこと言われても困る。 正直に言うと、何回か作ったことがあるというのは全くの嘘で、 本当に作っているのはいつも母なのだ。 わたしは毎回、ただそれを横で見ているだけ。 クッキーなんて到底作れるはずもない。 しかし非日常を求めたのは事実だ。 このまま何もせず帰るよりは、 クッキーの作り方だけでも覚えて帰った方が、 まだ勇気を出して布団にもぐった甲斐があったと言えるだろう。 わたしはとうとう意を決して、マスターからエプロンを受け取った。 もうどうにでもなってくれ。 「よし、じゃあ早速始めましょう。僕が横から指示を出すので、ナツキさんはそれに従って進めてくださいね」 寝間着の上にエプロンを巻いて、わたしは調理台の前に立った。
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