音を頼りに

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二週間後、博登は重い病気でこの世を旅立ってしまう。 夏々とテーマパークへ行った時には、既に身体中ボロボロで立っているのもやっとだったらしい。  当然、そのような話を夏々は一切聞いていなかったためそのショックは凄まじいものがあった。 あれから学校がないということもあり、家から一歩も出ていない。 涙が枯れる程に泣いた。  ぽっかりと空いた心の穴を埋めることは、簡単にはできない。 ―――・・・今思えば、お兄ちゃんが試したかったことって・・・。 ―――私がお兄ちゃん以外の人と、コミュニケーションがとれるかどうか、だったの・・・? 落ち着いて考えればそれしかない。 自分がいなくなるから、夏々に自分で自分のことをできるようになってほしいという願い。  結局答えてくれなかったし、荒療治過ぎるとも思うが、時間がないとなれば仕方がなかったのかもしれない。 ―――・・・それでも、最後のお兄ちゃんとの思い出。 窓際に座り、ぼんやりと外を眺めていた。 遊園地に行ったあの日もこんな風に晴れた日だった。  しばらく雲を眺めていると部屋の外から夏々だけに聞こえる鈴の音が鳴り、携帯が震える。 確認してみると母からだった。 (部屋のドアを開けてみてね) 今は何をするのも億劫だった。 心の重さは身体の重さに繋がり、ひたすら窓から空や雲を見ていたいと思った。  人が死ねば空のお星様になるというが、まだ明るいので星は欠片程も見えないのが当たり前だ。 それでもその先にぼんやりとその姿を探してみるが、夏々には見つけることができなかった。  携帯をもう一度確認し、のそのそと外へ向かう。 ドアを開けると、廊下に一つの鈴が置かれていた。 夏々もたくさん持っている夏々専用の鈴。 一緒に一枚のメモも置かれている。 (これ、博登くんがずっと携帯に付けていた鈴よ。 『夏々にあげてほしい』って言われていたから、渡します) 「お兄、ちゃん・・・」 枯れたと思っていた涙がまた溢れ出した。 しばらくして涙が止まると、もらった鈴を自分の携帯に付けて階段を下りる。  母親は夏々がどう動くか分かっていたのか、リビングからゆったりと夏々のことを見守っていた。 「お母さん、ちょっと外を歩いてくる」 外を歩いているだけで、首元の鈴がたくさん鳴った。 それが博登が近くで守ってくれているように感じて嬉しかった。 夏々が持っているのと同じ鈴、同じ音色。  それなのに、この鈴の音色だけは特別なものに聞こえた。 ―――こんなんじゃ、余計に心配させちゃうよね。 空を見れば大きな雲が流れていて、それがまるで博登が笑っているように思えた。 先程窓から空を眺めた時と、今の空ではまるで違うように見えた。 ―――私も、あんな風に笑えるようになるのかな。 道を一人歩いていく。 当てはない。 だけどフラフラとではなく、まるで意思を持つかのように歩いていた。 商店街を抜け、何となく向かっている方向は遊園地がある場所。  だが歩いていける距離ではなく、ただ何となくそうしたかっただけだ。 しばらく歩き信号待ちをしていると遠くに何か人影が見えた。 ―――・・・どうしたんだろう? 横断歩道を渡り駆け寄ってみると、道端で縮こまっている一人の少女を発見した。 短めの髪をシュシュでまとめ上げた、小さな女の子。 もちろん面識はないが何故か放っておけない気がした。  それはもしかしたら博登の想いを汲み取り、自分に何かできることを探そうとした結果だったのかもしれない。 「・・・どうしたの?」 「・・・」 顔を上げたのはいいが、やはり泣いていて口元の動きがあやふやで何を言っているのか分からない。 ただ明らかにいい状態でないのは確かだ。 「・・・私ね、耳が聞こえないんだ。 よかったら、ここに話したいことを書いてくれるかな?」 そう言って夏々は、携帯を操作して手渡した。 彼女は最初不思議そうに見ていたが、理解したのか受け取って文字を書き始めた。  最初は初めての携帯に手間取っているようだったが、文字を打ちなれているのか段々指の動きがスムーズになっていく。 (おねえちゃんは どうしてないているの?) 「え?」 それを読み慌てて頬を触った。 涙は止まってはいたが、確かに涙の跡が残っているように感じた。 家から出る時に涙は拭いたつもりだったため、道を歩きながら涙が流れていたのかもしれない。 「ちょっとね。 悲しいことがあったんだ」 (みみがきこえないのって たいへん?) 「うん、大変だよ。 人とスムーズに、コミュニケーションをとることができないから」 (でもかりん このやりとりすきだよ!) 面倒と言われることもある意思疎通方法を、好きと言ってくれたのは嬉しかった。 思えば博登も自分と会話するために手話を覚えてくれたのだ。 負担をかけていたことを改めて感じ、胸がチクリと痛んだ。 (さいきんおにいちゃんがやっている めーるっていうやつににている!) 「ッ・・・」 “おにいちゃん”という言葉に思わず反応してしまう。 博登は実の兄ではないが、呼称は同じだからだ。 (おにいちゃんね さいきんけいたいをかってもらったの かりんもほしいっていったら おおきくなったらかってあげるだって!) 「そっか。 なら、もう少しの辛抱だね。 それよりも、カリンちゃんはどうして泣いていたの?」 と言ったものの、彼女の涙も既に乾いている。 それに表情も幾分か穏やかになっていた。 (かりん まいごになっちゃったの) “まいご” それも博登との最後の思い出が思い返されるが、ここはグッと堪え尋ねかけた。 弱っている少女の前で、年上の自分が情けない姿を見せるわけにはいかない。  だが今いる場所を夏々はよく知らず、自分一人ではどうにもならないと感じた。 「迷子? 交番にでも行く?」 (いかない! おまわりさんこわいもん!) 「怖くないよ。 交番にいた方が、保護もしてくれるし安心だよ」 (かりんはまだ おねえちゃんとはなしていたい! こうやってはなすのたのしい!) 思えば、家に引きこもっていてまともに誰かと話していなかった。 家族とは必要最小限しか話さなかったし、友達とは交流しない。 話すのが疲れる、と言われるのが怖い。  実際面と向かってそのようなことを言われたことはないが、陰でそれに近いことを言っている人がいたのは知っている。 そのせいで内向的な性格になったことを否定はできない。  だが彼女は、笑顔から見ても本当に楽しいと思ってくれているのだ。 「・・・分かった。 ならもう少し、お話しようか」 「うん! ・・・あッ、お兄ちゃん!」 その時、カリンが何か声を上げて、遠くを指差していた。 声は当然聞こえないが、その動きから少女が保護者を見つけたのだと分かった。 ただその相手が見知った相手であったことに驚いていた。  携帯を手に持った少年が、同様に驚き、そしてその視線は自分に向いている。 それは博登がこの世から去ってしまった現在、もう一度会いたいと思っていてもう会えないと覚悟していた相手。 「――――真咲!」 「カリン! ・・・と、夏々!?」 -END-
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