7. やまない想い

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7. やまない想い

 臆病者のアイダさんはその日以降、ノンノに現れなかった。  アイダさんの小屋に行ったが、隠し鍵はなくなり中に入れなかった。  窓から中を見たが何も残されていなかった。  車もキャンパスも絵の具も…何もかも綺麗になくなっていた。  夏は終わり、無事受験に成功し、翌年の春…私は上京した。  そして、現在、6月末…梅雨シーズンのど真ん中。  週末で大学は休みだけど、雨なので外出する気にはなれない。  溜まった洗濯物を室内に干し、さらにジメッとする部屋の空気…。  気分が落ちる条件が重なっているにも関わらず、私は元気だ。  叔父さんから届いた自家製ブレンドコーヒーの粉に、ゆっくりドリップポットでお湯を注ぐ。  コーヒーの香ばしい匂いは「ノンノ」で窓際に座るアイダさんを想い出させてくれる。  最近、東京で友達になった美大生から、アイダさんはかなり有名なアーティストだと教えてもらった。  予想通り、アイダは偽名だったけど、テレビで特集されるくらいの存在で、東京でよく個展を開いているそうだ。  直接、会えるかもしれないけれど、この中途半端な想いを楽しみたい。  恋や愛にまでならない大きさ…雨までにはならない霧のような潤いは、今でもやむことなく私を満たしてくれるから。  何層にもなり大きな雨粒を降らす灰色の雲を見上げる。  モクモクと広がる雨雲を、勝手にアイダさんの絵の美少女モデルたちに重ね、軽く憎らしさを覚える。  淹れたてのコーヒーを口に含み、そっと目を閉じる。  あの日の知床(ふるさと)の海霧はまだ近くにある…安堵感を取り戻し、6月のやまない雨の日を、私は喜びに変える。  
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