4. 訴える美少女

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4. 訴える美少女

 8月が終わると、アイダさんは「ノンノ」に来なくなった。    おそらく…もう知床にはいないだろう。  アイダさんの作品が見たい。次の年までなんて待てない。  衝動が抑えられなくなり、9月最初の週末、早朝に私は1人で小屋に向かった。  この間、車で送ってもらった時、アイダさんが小屋の鍵を隠した場所を覚えていた。  入り口の植木鉢の下…鍵はまだ残っている。  不法侵入…生まれて初めて法に反する行動をする…。  高鳴る心臓の音と、手の震えに自分でも驚きながら、小屋の中に入る。  部屋は一つだけしかない。  静まり返った空間…ここは何の音もしない。  アイダさんはこの空間で作品を描いている…。  そう思うと胸がキュッとなる。  絵の具やパレットなどの道具はない。もしかしたら作品もないかも…と心配になったが、部屋の隅にいくつかキャンパスが立てかけてある。  奥に進み、裏返っているキャンパスに手をかける。  絵の中の妖艶な美少女と目が合った。    怖くなり一瞬手を離してしまうほど、描かれた美少女はリアルだった。  アイダさんはこんなに凄い絵を描く人なんだ…。  手をかけたキャンパスは畳くらいの大きさだ。  息を大きく吸った後、力をかけキャンパスを表向きにする。  一歩下がり、絵の全体像が見えると「ひっ!」と悲鳴をあげてしまった。  今まで見たこともない…考えたこともないような絵。  アイダさんが今の私にはまだ早い…と言った意味が一瞬でわかった。  恐ろしい絵なのに…目が離せない。    深呼吸を何度かして、自分を落ち着かせ、大きな絵の一つ一つを確認する。
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