74人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ
5. エロス + グロテスク
翌年8月の初旬、アイダさんは「ノンノ」に現れなかった。
高3の夏…、東京の大学を受験するのは既に決めていた。
「一度は上京したい。せめて大学の間だけでも…。」
かつて東京に住んでいた両親は、すんなり私の望みを受け入れてくれた。
今年を逃したら、もうアイダさんには2度と会えない。
絶望的な気持ちになっていた、8月の2回目の週末…、アイダさんは開店と同時に現れた。
「環ちゃん、久しぶり。」
名前を覚えていてくれた!
嬉しい!こんな高揚感味わった事がない…。
もしかしたら、私はアイダさんが好きなのかもしれない。
20歳以上も年上なのに…。
叔父が他の客と話している隙を見て、アイダさんに話しかけに行く。
「アイダさん、約束覚えていますか?」
「え?約束…?」
アイダさんは素っ頓狂な顔をする。ちょっとがっかりだ…。
「絵を見せてくれる約束です。」
「ああ、環ちゃんにはバレたんだっけ。誰にも言わないのを約束出来るなら、いつでもいいよ。」
お茶目に言うアイダさんは、世間では人気の画家とだろう…と思わせる独特なオーラを放つ。
ネットで検索しても、アイダさんの情報が出てこないのは、おそらく偽名を使っているんだろう。
「じゃあ、今日バイトが終わったら行きます。4時頃でどうですか?」
「ああ、いいよ。迎えに来ようか?」
「大丈夫です。歩いて行きます。」
「さすが、道産子だな。元気だね。」とアイダさんは笑い、嬉しそうにコーヒーを飲む。
バイトが終わる頃、1メートル先が真っ白になるくらい、例の海霧が発生した。
傘はささず簡易カッパを着て、海霧をすり抜け小屋に向かう。
小屋の前はアイダさんの車が停まっており、中はランタンで明かりがついている。
高鳴る胸を鎮めるため、数回深呼吸をしてからドアをノックする。
最初のコメントを投稿しよう!