「逢魔時公園」

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「逢魔時公園」

  ころころ転がっていくボールを追ってひろは道路に飛び出した。 「危ない! 気をつけなよ、もう!」 自転車のおばさんが急ブレーキをかけて、ひろはごめんなさいと謝った。 ボールを拾って戻ってくると、ざわりと吹いた風の温度がさっきとは違う気がする。 顔をあげると公園を見渡した。 「あれ?」 何がとは分からないのに不安がよじのぼり、どきどきしてくる。 ……さっきと同じ公園のはずなのにどうして誰もいなくなってるの? ひろはぐるぐる自分が回って辺りを見渡す。 いない。遊んでいた仲間も休んでいたおじいさんもおじいさんのばらまくパンの耳を食べていた鳩たちまでいない。 「なにこれ……」 違和感が頭の中で爆発した。 ひろは駆け出す。友達の名前を叫んだ。 植え込みや花の咲く木々に囲まれた細い歩道を走る。 誰もいない誰もいない誰もいない! 「おかーさんっっ……」 公園にいるはずのない母のことまで呼んでやはり返事がなくて、ひろは嗚咽をもらした。 この公園はさっきまでと違ってしまっている。  ここは夢の中の色彩に似ている。どこかがちぐはぐに見える。  風は細くなびいて吹いているのに、木々はまるで暴風をあびているように激しく揺れている。ここは一体何なのだろう。 「だあれ?」 声が聞こえた方向に全力で振り返る。 イソギンチャクみたいなやつがわさわさと歩いてくる。 ひろは悲鳴をあげて逃げようとした。 ところが地面を覆うように、光るカブトガニのようなやつが足元にいて動けなくなる。 「驚いた? いま驚いたの?」 「わあ嬉しい!」 「叫んで叫んで! もっと悲鳴ききたいっ」 わちゃわちゃと足元に群がられ、ひろはまた叫んだ。 すると変な生き物たちは歓声をあげた。 ひろは叫ぶ。変な生き物たちが快哉の声をあげる。 「なんなのっ?」 さすがにひろも腹が立ってきた。よく見ればそいつらは、図鑑で見たことのある古代生物みたいな姿で恐ろしいというほどじゃない。 「え、私たちの話を聞いてくれるの?」 「嬉しいな。それならついておいで。お茶飲ましてあげる」 大きな切り株をテーブルにして、なぜか黄色い洗面器がイスの代わりだった。 「さ、座って座って。なにから聞いてく?」 「……洗面器にすわるの?」 ひろが座るには小さすぎる。 「どうする?」 「どうしようか?」 変な生き物たちはこそこそ相談し合って、別の変な生き物が転がしてきた車のタイヤにひろは座ることにした。 「ぼく帰りたいんだけど…」 「なんだ帰りたいの?」 「え、なんだって?」 「帰りたいんだってさ。じゃあ後で送ってあげるけど」 「まあ急がなくともいいじゃない。お茶のんでいきなさい。ほらほら」 「おいしいよ」 ひろは、おばあちゃんの家に行ったらお友達のおばあちゃん達がいて「さあお菓子あげるからおいでおいで」と言われているときと同じ気持ちがした。 でも皿に出されたのは真っ黒に燃やした木の枝みたいなやつだ。 「……これなに?」 「枝っていうお菓子だよ。おいしいよ」 「ただの枝じゃん……」 それでもおそるおそる口に入れてみた。 前歯で噛みとるとぽきりと折れる。 噛んでいくと口の中で粉々になって舌にさわやかな甘さが広がった。 「甘い……なんか果物みたい」 ひろが呟くと変な生き物は 「おいしいでしょう、枝」と嬉しそうに言った。 「私たちはね、おばけだったんだよね」 「もともとはね」 「だけど人間たちが自分たちでもっともっと恐ろしいおばけたちを作るじゃん?」 「勝手に作るじゃん?」 「だからそいつらがはびこってしまって、もともとの人間世界に住めなくなってしまったんだよね」 「あいつら凶暴だからね」 「悪意しかないからね。そういうふうに作られているから」 「わたしたちも廃れたよねえ……」 「むかしはきゃーきゃー言われていたのにねえ……」 「だから久々に君にきゃーきゃー言われて嬉しかったんだよねえ」 変な生き物たちは公園の入り口までひろを見送ってくれた。 「段差ができているから、大きめにまたいでいったら戻れるよ」 「段差?」 そう言われてみれば、公園に戻ったときに普段はないはずの段差を上がったような気がする。 「またおいでね」 手を振って変な生き物たちと別れた。 あの公園にはそれから行っていないが、ひろは母について行ったスーパーで小枝というお菓子を見つけた。 ただのチョコレート菓子だとは分かっていたけれどさりげなく買い物かごに入れる。 このお菓子を作った人はあの公園に行ったんじゃないかと、そうひろは思っている。            おわり
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