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一寸先も見えない闇の中、気配だけを頼りに進む
怪異となった少年に近づくにつれ、全身が総毛立ち、これ以上進むなと本能が警告する
震える足を止め、怪異に目線を合わせるようにしゃがむ
すぐ目の前に、怪異の吐息が感じられる
生きたぬくもりのない、冷たい吐息
暗闇に再び月光が差す
突然現れた怪異の、花に覆われたおぞましい見た目に悲鳴を上げそうになるのをこらえる
「まず、お前が母親に会えない理由は二つ」
声が震えないように、慎重にゆっくり
目を合わせ、母親が子供に言い聞かせるように話すことを意識しながら言葉を継ぐ
「まず、お前の親がお前を救えないと言って今でもここをただ彷徨って、会いに来ようとしなかったからだ
さっき、お前の母親に会った
だから、後はお前の問題を解決すれば会える」
『僕の…問題?』
「お前に自覚はないかもしれない
でも…お前は、自分の母親を憎んでいる
父親よりも、自分を裏切った母親を」
『違う!!
僕はママを恨んでなんかない!!
デタラメを言うな!!』
「ッッ!!!!」
首に枝が巻き付く
「広尾!!」
「まだだ、八ノ瀬
まだ…いい」
喋れるところを見ると、首が締まってはないようだ
目の前の怪異は今にも絞め殺しそうな恐ろしい形相なのに何故
八ノ瀬の疑問を他所に、広尾は話し続ける
「どうした?
違うなら、俺を殺せばいいだろう?
お前を騙して倒そうとしてるかもしれない奴だろう?」
『うるさい』
低く、腹の底から響き渡るような恐ろしい声
広尾は臆さず続ける
「我慢しなくていい
なぜお前はそうやって素直に母親を恨むことを拒む?
お前を裏切った最低な母親だぞ?」
『黙れ!!!
黙れ黙れ黙れ黙れ!!!!』
怒りを顕にする怪異
しかし、その表情は今にも泣き出しそうな表情に変わっていった
『そんなことしたら……ママが迎えに来てくれないじゃないか
僕は‥僕はここで泣かずに、ずっと待ってたんだ……
だから………』
「そうやって我慢すればするほど、憎しみは増す
もう、我慢しなくていい
それでお前の母親が来ないなら、俺が無理やり来させる
好きなだけ泣いて、好きなだけ恨み言を言えばいい」
優しい声で告げると、少年の頬を伝う一筋の涙が月光を反射して光った
『本当に?
泣いても……ママは来てくれる?
僕が怒っても…ママは来てくれる?』
「あぁ…、来てくれるさ」
大粒の涙が溢れだす
それと同時に、少年を覆っていた花や、教室を覆っていた低木が朽ちて崩れていく
小さな体を抱き寄せ、頭を優しく撫でる
長く泣くのを我慢していたせいか、嗚咽ばかりが漏れる
下手くそに泣く少年が、過去の自分に重なる
ー死ねば……きっと会えるだろうな
あいつら二人共ぶっ飛ばしてやる
今までの恨み…全部晴らしてやるー
ー馬鹿野郎!!!
なんで死のうとしたんだ?
なぜそんな親不孝なことをする?ー
ーうるさい!!!
何が親不孝だ!もう孝行する親なんかいないんだよ!!
あいつらに会って、あの世でぶっ飛ばしてやるんだ!!
離せよ!!ー
ーいいや、俺の前では誰も死なせない!
理由は知らんが、お前を置いていった二人に強く生きてきたぞと、胸を張って会いに行けばいい
憎いならあの世で晴らすんじゃなくて、今生きてるうちに晴らせ
誰にも恨みをぶつけられないなら、俺にぶつけていい
泣きたいなら泣け
溜め込んでても、余計に憎くなって、余計に悲しいだけだ
思いっきり泣いて、思いっきり罵って、思っいきり生きて、見返してやれー
「思いっきり泣け、もっと怒ってやれ
二度とお前を置いて行かせないために」
フッと目の前に優しい光を放つ物体が現れる
『ハッ!!
ママ!!!ママ、やっと…来てくれたの?
ママ…ママ、寂しかったよ』
少年が、物体に駆け寄る
形の定まらなかった物体はやがて、少年の母の姿になった
二人は抱き合い一つの光の塊になる
『本当にありがとうございました』
『お姉ちゃんありがとう!!』
声と、一輪のカルミアの花を残して親子は消えた
「ハハ……俺、警官よりも除霊師のほうが向いてるのかもしれないな」
自嘲的な響きの言葉の真意は八ノ瀬にはわからなかった
「まさか、怪異と話して成仏までさせるとはな
俺でもできた試しがない
一体どうやったんだ?」
「昔、あいつと同じように何もかもが憎くて、それを吐き出せない奴を救った人がいてな
その人の受け売りだ」
カルミアの花をクルクルと弄りながら言う広尾の目は、どこか思い出を懐かしむような遠い目だった
ー 一緒だなって思ったんだー
ふと、先程の広尾の言葉が蘇る
「その救われた奴というのは、広尾のことなのか?」
一瞬、驚いたように目を見開く広尾
「フン……どうだろうな」
「それはイエスという意味でいいのか?」
「好きに解釈しろ
それよりも、これからどうするんだ?
怪異を倒せば謎に迫ると言っていたが、成仏した場合はどうなるんだ?」
「それは、わからない
一度帰ってリリアに聞こう
ッッ?!」
突然、痣が痛みはじめる
「八ノ瀬‥お前も痣が痛むか?」
「広尾、その紙は?」
折りたたまれた紙が広尾の手にあった
「わからない
今、ポケットに入っていた
だが…恐らく俺達が探していたものだ」
「早く、中を見よう」
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