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窓を開けると、涼しい夜風が頬を撫でる
煙草に火をつけひと呼吸置く
(あれは‥…あれは…あれは)
オレンジのユリ、クロユリ、トリカブトにカルミヤ、ホオズキ
むせ返るような花の匂い
畳の上に転がる、花の咲いた男女の死体
そして……そして……………
頭の中に居座る嫌な映像を振り払うように、思い切り煙草を吸う
「ゲホッゲホッ!!
クソッ、落ち着け、落ち着け」
煙を吸いすぎて咽てしまう
不安を鎮めようと、コートの袖を握る
手が震えて離れそうになり、何度も何度も握り直す
ズキズキと痛む痣が更に不安を煽る
「おい、広尾」
「ヒャァッッ?!」
突然、肩を掴まれ情けない声が出た
「す、すまない
驚かせてしまったか?」
「貴、様!!
ノックくらいしたらどうだ?!」
「何度もノックはしたさ、夕食のことを知らせようとな
ただ、反応がない上に鍵も開いていた
部屋に入ったら窓辺でお前がブツブツと何か言っていて、話しかけても反応しない
だから……すまなかった」
「………………ハァ、わかった
今は食欲はない、すまないが俺の分はいい」
「そうか、わかった
それと、さっきは無理矢理聞き出そうとして悪かった」
「別に…怒ってない
ただ気が動転しただけだ
あまりにも、…信じられない状況で
明日までには、ちゃんと話せるようにしておく」
ギュッとコートの袖を握りながら言う
しかし、さっきのような強い不安と、手の震えは徐々に治まってきていた
「無理はしなくていい
もし、どうしても駄目そうなら……」
「馬鹿にするなよ
俺は必ず、この病気の謎を解く
これが鍵になると言ったのはお前だろ?
この程度で折れるような決意なら、最初からここに来ていない」
「そうだったな
だったら、これから一緒に頑張ろうな
同じ痣を持つ者同士」
「あぁ」
差し出された手を握り返す
気づけば痣の痛みも引いていた
八ノ瀬が部屋を出ていく頃には、
あれほどまでに混乱していた頭の中が、不思議と落ち着いて思考できるまでになった
(これは…まさか花紋病せいか?)
前は思い出してもあそこまで不安と恐怖に駆られ、痣が痛むこともなかった
今日会ったばかりの奴の声を聞き、その手に触れるだけで不安や恐怖が収まることも、絶対になかった
(花番イノ病
雄しべと…雌しべ…疑似夫婦)
「くだらない」
煙草の火を消し、窓を閉める
コートをハンガーに掛け、ふとコートと向き合う
すでに長いこと着古されたコートを見ていると、懐かしいあの日々が頭の中を満たしてくれる
「必ず、解き明かす………必ず……」
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