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   親父と翅白さんが携わった『ドール』とは生体機械の名に相応しく、『生きていた』。“生きているが如く”ではない。“生きている”んだ。“『ドール』研究所 Mechanical Innovation Society 『Advance』”────通称“MISA《ミサ》”。“Advance”が『ドール』開発を先陣切って仕切っている場所の団体名だが、登録正式名称は英文すべて。ゆえに頭文字を捩って『MISA』と呼ばれるようになったらしい。『ドール』は画期的な技術の粋を集めた研究であり実験であり成果そのものだった。イキモノが如く自我を確立し、自立し自律した機械。  彼ら彼女らの体は植物組織をベースに造られていた。機械らしい箇所などせいぜい特殊形状記憶合金で出来た骨、神経などの伝達経路すらただの電線じゃなく有機物合成と聴く。内臓物もナノマシンを使用しているが素材はやはり機械とは言い難いらしい。もっと詳しく説くのに専門用語を抜くことは難しく、何より専門家ではない俺自体がちゃんと仕組みを熟知している訳ではないのでこれ以上は説明しにくいが、とにかく彼らはほぼ人体と変わらない構造だった。  決定的で簡単な違う点を挙げるなら三つ。一つは消化器官が無いこと。もう一つは、生殖機能が無いこと。最後。脳が一応電脳化されていることだった。一応、と付くのは、生身、つまるところ有機素材がやっぱり混合されているからだった。だので、どうしたって彼ら彼女らはヒトと異なりながらヒトに酷似することになる。有機物で九十パーセントを製造された、感情を持つ電子物の集合体。自然派生と相違ない人工体。  ぱっと見生物と判別の付かないこれらは世界の称賛を得た。だがこの裏で宗教の絶対的な批判を浴びるのも致し方なかった。命は神が生むもの、神に代わって神の真似事をするなどと、過激なテロ行為の標的にされるなんて、当然の帰結、予測の範囲内だろう。 「大丈夫か?」 「……」  喪服姿で正座した圭の傍らに座る。そっと肩に触れた。自分にしては、随分と遠慮がちだったと思う。仕方なかった。圭は、前を見据えていた。俯いたり加減の程度こそ違え、前しか見ていなかった。  これがどんなに彼女が傷付いたかを示していると感じた。本人は判断出来ていないようだったが。  翅白さんと奏己さんが亡くなった。病気ではない、事故だった。それも単純な事故ではなく、事件とも呼べるような。  翅白さんたちは爆発事故に巻き添えを食らい亡くなった。暴走した『ドール』によって、引き起こされた爆発事故だった。表向きは。家族にすら、真相は伝えられていない。公表されない昨今『ドール』がやったのか、どうかも判然としなかった。どちらにせよ、強制力の無い内側を突かれた、逆手に取られたと考えられる大規模な被害だった。 「大丈夫ー? 圭ちゃん」 「大変ねぇ。おばさんたちに出来ることが在ったら遠慮無く言ってちょうだいね」  猫撫で声で圭に群がるおばさんたち。それを聞き流す風体の圭と、笑顔でフォローする俺。圭のぞんざいな対応にはらはらしたが、おばさんたちは状況が状況で、圭が精一杯だと思ったのか、特別気分を害すことは無かった。 「まぁ、ほら、圭ちゃんは女の子だから」 「そうそう」 「女の子は大丈夫。すぐ結婚して、子供を産むわよ」 「そうよねぇ。子供が産めれば大丈夫よぉ。結局最後はお嫁に行くんでしょ?」 「そうそ。生活は結婚しちゃえば心配要らないわよ」 「早くお父さんとお母さんの墓前にお孫さんのお顔見せないとね」  口々に姦しいおばさんたち。さすがに俺も笑みこそ崩さなかったが閉口する。つーかだな、それ今関係ないんじゃないか? とか。  現代はとかく子供を残すことに躍起になっていた。多分この喧しいおばさんたちが生まれるずっとずっと前から、人口の減少化が進んだからだ。少子高齢化、と言うヤツだ。このままこの事態が進めばと言う数字を、文字通り世界が引っ繰り返る程の数字を、未来の人口として演算機が叩き出した。青ざめた世界は打開策をコレを見よとばかりに出した。それが『不老延命措置』。独身者は子供を作るまで老いることすらゆるさない。そして『完全優遇制度』。既婚者は子を成すまで多々とあらゆる場面で優遇される。もし職が無くても、普通以上の生活保護が既婚者と言うだけで補償される訳だ。子供がいれば尚のこと。  俺みたいな軽いヤツが、平然としていられるくらいには世界の意識は偏っていた。俺は気にもしていなかった。子供が出来ればそれはそれで良い。出来なくても構わない。たとえ避妊処置を怠っても、同意であれば罰せられないし。認知くらいはしても良いが。子供が出来ても生活が多少楽になるだけだ。俺はこんな考え方をしていた。本当に最低な男だと自己評価出来る。  だって母親になる相手の女に愛が無かった。愛情どころか愛着さえ。俺みたいないい加減な人格には住み易いだけで、世界常識とかどうとも思ってなかった。  だけれど。 「っ……」 「……?」  無反応だった圭が、反応した。俺は隣を見やった。目を瞠る。圭は、囂しいおばさんたちを睨み付けていたのだ。唇を噛んで。一驚した俺は圭を刮目していた。次には瞳を伏せがちにしていたけれど、噛み締められた唇はそのままだった。おばさんたちは気取ることはなかった。  何か、が圭に引っ掛かったんだ。けれども、何がそうだったのかこのときは判明しなかった。  しばらくして翅白さんの同僚で奏己さんぐるみで仲が良かった支倉(しくら)さんが来た。常の気障ったらしい長髪を今日は一つに纏め、喪服に身を包んだ彼は酷くすまなそうな顔をしていた。それはそうだろう。 「圭ちゃん……」  支倉さんは偶々休みだった。基本オーバーワーク的な研究所勤めには幸運だったとしか言い様が無い。きっと、時間さえズレていたら、彼もこうやって見送る側ではなく見送られる側だった。しかも偶々助かった自分の代わりのように、職員ではなく偶々翅白さんに届け物をしていただけの奏己さんが亡くなったのだ。「圭ちゃん」何とも続けられないのだろう、名前を再度呼んでは途切れる声。これに圭が顔を上げた。おばさんたちを睨んだときですら上目遣いにして俯いていたのに。 「しくら、さ……」  支倉さんは、翅白さんの大学時代、医療科学技術科以来の友達だと聴いた。奏己さんとは再従兄妹に当たった。なので圭と生まれる前から既知の間柄だった。だから、圭が支倉さんに懐いているのは当然のこと。こんなときに、縋りたいのは何の疑問も無い。だけど。 「……」  今の声は、随分甘えを含んだような? 「圭ちゃん、何と言ったら良いか……」 「……良いの。支倉さんのせいじゃない。支倉さんだけでも、私は無事で良かったもの……」 「圭ちゃん、……」  支倉さんが、圭の頭に恐る恐ると言う風に触れた。さっきの俺のような感じで。が。 「───」  圭が、違った。まるで身を任せるように、緊張をほんの少しだが緩めるみたいに、されるがままで表情が安堵していた。二人の間には、親と娘くらいの年月が横たわっている。そうだ。何の不自然さも無い─────本当に? 周りは知らない。だが俺には、違って映った。  だって、圭の顔は、目は、まったく色味を変えていたんだ。 「二人ってどんな関係?」  圭のそばに、二人で式の終わりまで張り付いていた。自覚の無い脆さを孕んで黙々こなす圭を放置出来なかったから、多分この人も。そうやってようやく火葬し閉式して、圭を宥め寝かし付けた。アレでは休めなければ気を張ったまま倒れてしまう。圭から離れ、大して無いが残っている後始末を二人で片付けている時分。俺は手を動かしたまま尋ねた。支倉さんはさらっと「親の同僚で友達の俺と、同僚で友達の娘だよ」とやはり手を止めず答えた。付け加えて「ああ、一応遠縁でも在るのか。戸籍上だけど」と口にした。 「戸籍上?」 「俺、奏己さんの再従兄妹だけど、養子だから血は繋がってないの」 「へぇ……じゃあ、赤の他人なんだ」 「そうなるねぇ。……何?」 「……あんたと圭が“ただならぬ仲”って感じだったから」  いきなり質問責めにする俺を訝しげに思う支倉さんへ隠しもせず有りのまま考えたことを返した。鎌をかけたとも言う。俺の言葉に支倉さんが目を細めた。値踏みするような視線を投げられて、俺は少々かちんと来る。 「……どうなんですか? あなたはわからないと思っているかもしれないが、圭を見ていれば、」 「圭ちゃんは親友たちの可愛い娘だ。それ以下でも以上でも、以外でも無い」  話す最中も、作業は休めず行っていたため粗方終わっていた。支倉さんが溜め息を付いてから俺へ一度外した焦点を合わせた。 「光輪が言っていたのはマジだったんだな」  後ろのチェストに寄り掛かって支倉さんが煙草をシャツの胸ポケットから取り出した。一本抜いて口に啣える。見計らって、俺は近付いてズボンのポケットに入っていたジッポを出して火を差し出す。 「光輪さん……翅白さんが言っていた、って?」 「お前さんが圭ちゃんに“気が在るんじゃないか”ってさ」  火を持つ手が揺れたのは誤魔化しようが無かったが、好都合に煙草にすんなり火が着いてジッポの蓋を閉める動作に紛れさせた。支倉さんがそこに感付いたかは考えないことにした。 「翅白さんが?」 「ああ。崎河さんが亡くなって一年無いからな。“寂しいからウチに来るのかなって思ったんだけど、どうも違うみたいなんだよね”って。眉毛こーんな八の字にしてさぁ、心痛ですみたいな……良いジッポだな。崎河さんのだろ?」 「……ええ」  誉められたジッポを手持ち無沙汰に弄ぶ。煙草を吹かしながら支倉さんは遠くを俯瞰するようにして黙り込む。「……」正直、翅白さんが俺のことをそう見ているとは思わなかった。父さんが死んで何かと気に掛けてくれたのは翅白さんのほうだったから。気軽に遊びにおいで、と笑顔だった。心痛だなんて。「────しゃーないだろ」  ちょっと凹んだのがバレたのか、支倉さんが後頭部をがりがり掻きながら自らの長い髪を纏めていた髪留めを外し言った。顔に浮かぶのは呆れ。 「大事な娘に懸想する男がいたら、それがどんなにたいせつな人間だって過保護な父親はこうなるの! ましてや複雑だべ。仲が良い間ならよー。どっちも心配になる。これ普通! ……安心しろ。相手が俺だって八つ裂きだ。いや、俺のがきっと重罪だ」 「……。何か経験が?」 「無い。これから先も無くなっちまったしな」  体重を預けていたチェストから支倉さんが離れた。急に重みを失ったチェストはぎしっと音がした。 「ま、俺と圭ちゃんには今なーんも無いよ。安心しな」 「今?」 「あー……“これからはわかりません”、みたいな?」  軽薄さで言えば自分は人のことが言えない。だが、これは聞き捨てならないだろう。 「……支倉さん」 「……ぶっ」 「支倉さん?」  俺が真面目に非難しようとした瞬間に噴き出された。どう言うことだ。こっちはかなり真剣に。俺の心境が視線として突き刺さってくれたのか、笑う支倉さんは「悪い悪い」と手を振りながら笑いを収めようとしている。収まってないが。「いやー、さぁ」溢れる笑いに肩を震わせ喉を鳴らす支倉さん。……不愉快だ。  
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