第5話 春の影

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 まだ少し寒さの残る春。今日は聖が通う大学の卒業式だ。  大学最後の日だが、聖はなんの感傷も感じていない。代わり映えのしない晴れの日は、いつもと同じような会話が飛び交っている。  学友達がこの四年間で一体どれだけ変わったかといえば、遊びのグレードに拍車がかかった程度だ。  聖は幼稚舎からずっとこの学園に通っているが、心から友人と呼べる人間は一人もいなかった。  友達というものがどんな定義か知らないが、少なくともなんでも話せるような腹を割った仲の人間はいない。  やっと大学を卒業したというのに、自分の未来を考えるとお先真っ暗だ。  どうせ藤宮コーポレーションでも同じことが起こる。上司が自分を持ち上げれば他の社員は煙たがり、摩擦が生じる。下手すると学校よりも上手くいかない可能性の方が大きかった。会社と大学は違う。ただ勉強すればいいわけではない。  正義は自分を後継者として育てるために、後生大事に家の中に閉じ込めておくことをしなかった。  子供であっても代理としてどこにでも行かされた。それは正義が忙しいからではない。次の後継者としてのアピールだ。  ずっと前から感じていた。実際は生まれた時からなのだろうが、自分を囲む視線の数、その意味。    大事にされ、敬われ、皆が自分を跡取りとして接する。それは自分自身に注がれるものでない。「跡取りの聖」にだった。  この学園でも、誰もがそう接した。自分と真剣なお友達になりたいなどとは思ってはくれなかった。  藤宮家と繋がりがあれば自慢になる、親に言われて声をかけた────などと、実際本人から聞いたわけではないが、表情や言葉の端々からそれは伝わる。  そんな人間が後を絶たなくて、新学期になるたび、会社に連れて行かされるたび不愉快だった。  年齢を取ると共に実感する、自分の未来。  本当に藤宮の後継者として会社を継いでいいのか、疑問に思っていた。  トップに立って人を動かすのは面白いのかもしれないが、そこには信用────心を許せる相手がいない。  恐らく、「藤宮聖」相手に誰も本当のことなど言わない。周りをイエスマンにしたところで、会社は良くならないと分かっているのに、これ以上どうすればいいか分からなかった。  春は満開の桜が咲いているのに、聖の心の中は冬のように寂しく、新芽のような真新しい喜びはどこにもなかった。
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