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Smiling
いっしょに桜を見ようと約束した。
「……」
その木を見上げて、僕は今ひとりだ。
きみは、いない。
僕は、ただ生きていた。
本当に、ただ、生きていた。
起きて、学校に通い、家に帰ればご飯を食べて、寝る。ごく、フツー。親しいと言える友達はいるかいないか微妙、話をする日も在れば、ただ本を読んだりスマフォをいじるだけの日も在る。本当、ごく、フツー。
特筆すべき点は無い。家族仲も良いのか悪いのか。学校もいじめられているのかと言えばどうとも言えない、そう言う時期も在った。
わからない。多分、靄々するくらいの感情は常に在って、けど、それだけ。
新しい何か? 別に期待してない。
波なんか要らない。生きているだけ。
コレが、僕だった。
だから、僕と彼女の出会いも、特に言うべきことは無かった。席が近いとか、班が同じとか些細なものだ。
平凡、且つ、平均的。ただの、クラスメートだった。
「……」
一つ在るとすれば……。
“桜、”
“ぇ、”
“きれいだね”
教室の窓から覗ける桜、二人だけの放課後。
僕が、彼女のことが好きだった、だけだ。
僕は、彼女の笑った顔が、月並みだけれど、すきだった。
前述通り、僕は、何の期待もしていなかった。
フツーに、本意でフツーに、学校に行って、ご飯食べて、寝て、暮らして、卒業して、大人になれたら良かったんだ。
進級する時期の境目。“それ”は訪れた。
突然の休校。それも、瞬く間に、波状効果で全国区。僕の住む地域だけじゃなかった。
変にソワソワしたのを覚えている。
連日流れる、クラスのグループメッセージ。共有情報に交じって囂しく誰かの囀りが飛んで来る。
僕はアプリを閉じた。代わりに開いたのは、PCのゲーム画面だった。
それも、弟のおねだりで家庭用ゲームに切り替えさせられた。
テレビは速報ばかりだった。どこに何人、昨日は何人。
小学校も休校で弟は元気で、いつもよりご飯のとき、うるさかった。
暇だ。と言っても、学校は僕らを放置しない。自宅学習用の宿題がわんさか出ていて、弟の監督をしつつ僕もやる。
父は仕事。母もパート。
休校になっても、僕たちのやることはそう変わらなかった。
最初は浮き足立っていた感覚も落ち着いて、やっぱり気が付けば予定調和になって行った。
「……え?」
今まで放置していたメッセージアプリ。急に未読件数が増えたことに気が付きもしなかった僕は、オンラインゲームで知ることになる。
彼女、が、発症したことを。
何が出来るでも無かった。
でも、気になって。
彼女に、メールした。
敢えてメッセージにはしなかった。
わずらわしい好奇心を前に、彼女がアプリを閉じている可能性を考えたからだ。
案の定、クラスのグループは凄いことになっていた。
憶測飛び交うメッセージが、幾つも幾つも流れて行く。自動スクロールの設定は普通だったはずなのに、まるで早めに設定しているようだった。
グループメッセージに、彼女はいなかった。
メールの返信が来たのは、僕が送ってから三日のことだった。
メールの礼と、現状の説明が、さらっとされていた。
二週間、出られないこと。症状は重く無いこと。
バスの運転手だったお父さんから遷ったこと。
経路はお客さん。
“今年は桜、見れないや”
“……なーんて、それどころじゃないかっ”
最後には、自虐ネタが挟まれていた。
「……」
僕は何と返して良いか、わからなかった。
ただ、彼女が笑っていないことだけ、わかって。
何と無く、無力だなって、思った。
メッセージ欄は、登場しない彼女の代わりに彼女の友達と言う子たちが、近況を流していた。
“思ったより元気みたい”
“良かったぁ”
“何で本人いないん?”
“つらいんじゃない? 平気でもさー”
“てか、びっくりー”
“ねぇ”
“他人事じゃないよねぇ(笑”
「兄ちゃん……どったの?」
「……。何でも無い」
僕の眉間が自然と寄ったことに、弟がどうしたのか訊いて来る。僕は頭を振った。
見なきゃ良かった。
他人事じゃないっつっといて、何、笑ってんだよ。
不特定多数の交わるSNSでも話題に上がっていた。
“××県で十代女性が感染”
“四十代父親からと見られる”
他人事じゃないと笑う他人が、ニュースやハッシュタグ、ワードを付けてコメントしていた。
“××県、ウチじゃん”
“市内だ。怖い”
“かわいそう”
“近所。うつってたらどうしよう”
県内市内、町内は、騒いでいた。
仕方ないと思う。
身近なところで不測の事態が起きれば、不安になるのは当たり前。
……だけど。
“父親、運転手なんだって?”
“誰だよ。客にうつしまくってんじゃん”
“菌ばらまかれた”
“超迷惑”
……誰だって、好きでそうする訳じゃないだろうがっ。
────────
──────
────
────……
季節が変わった。
学校は一応再開された。
けどどこかの偉い大学の研究チームが言う通り終息はまだ、だった。
短い時間。
多く出される持ち帰りの課題。
不定期な登校。たまに会える友人にみんな気分を上げている。
と言っても。
慣れる。
彼女が、来ないことにも。
桜が散って、青葉が光に透けて、落ちて。
そうなっても彼女は、来なかった。
そうこうしている内に、僕は来年、受験生で。
今年も受験はこんなでも在ったそうで。
対応に四苦八苦しているらしい先生は学年問わず皆、疲れ切った表情で。
大変そうだった。
ただ、来年には通常に戻りそうだった。
終息はまだだ。
だけれど、世界は、糸口が見えて来た。
また、桜が、咲く。
「……」
“また、桜が咲くよ”
僕が送ったメールだった。
終業式のあと、僕は教室で一人、蕾の膨らむ桜を見上げていた。
手の中の端末が震えた。
「“知ってるよ”」
メールを視認したのと、後ろで、声がしたのは同時で。
僕は見返った。
教室の出入り口で、書類を取りに来たらしい彼女は立っていて。
「久し振り」
思ったより元気そうだった。
僕は。
「……久し振り」
笑い掛けた。中に入って来た彼女は僕と机三つ分開けて、隣に並んだ。
コレが、今の僕たちの距離だった。
僕たちは笑い合った。窓一面を埋め尽くす桜を眺めて。
来年は二人、卒業式にあの木の下で、手を繋げたら良い。
【 了 】
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