1 逃亡劇の幕開け

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「また負けた!あのくそ兄貴!!」 言いながらプレイキューブを投げ捨てるように外すと、辺りは山間のレースコースから、古びた小屋に戻った。  「……意外と元気そうだな」 小屋の片隅に膝を抱いてしゃがんでいる男に、悲鳴を上げる。 「アホ!脅かすな!」 卓巳はにやにや笑いながら立ち上がった。 「なんだよー。学校サボって、プレイキューブでエッチなゲームでもやってたのかあ?」 アルミボトルのジュースを投げて寄越す。 「ちげーよっ!わかってんだろ。公的機関に入場禁止期間なんだよ。学校も然り!」 「冗談だって。怒るなよ。んで、何のゲームしてたの?」 「……バイクレース」 「よくやるねー。俺、ゲームでも絶対無理だわ」卓巳が目の前で手を振る。 「手動で運転して、安全機能もついてないなんて、想像するだけで、ふくらはぎがそわそわしてくるわ」 「これだから素人は」 「へえ?じゃあ、今日こそ勝てたんだろうな?お兄さんには」 「うるせー」 母親が元気だった幼少の時分に買ってもらったプレイキューブゲームで、よく兄と競争をして遊んだ。 今も、肩を並べてやることこそないが、それぞれが自分がやりたいときにレースをして、互いに速さを競っている。 兄の記録を少し上回れば、すぐ越され、やっと追いつけば、二日と開けずに記録が更新される。 いたちごっこと言うよりは、俺のレベルに合わせて、その上すれすれを提示してくる兄に、うまく踊らされている気分だ。 「それはそうと」 居心地悪そうに座り直しながら卓巳が目をそらして言う。 「大変だったな。お袋さん」 不器用な奴だが、ここにきた理由は、俺のことを気遣ってのことなのだろう。 その気持ちがくすぐったくも嬉しい。 「まあ、な。でもまあ、ずっと具合悪かったし」 お袋が死んだのはつい昨日のことだった。正確に言えば、気がついたのが昨日だった。朝、いつもより遅めに起きた俺が、寝室を覗くとすでに冷たくなっていた。 「近いうちにこうなるとわかってたから覚悟はできてた。ほんと、寝てるみたいでさ。最後に痛がったり、苦んだりしなかっただけで、よしとしてる」 「そうか。そうだよな」 目を伏せたまま卓巳が言う。 「それで?お前の方は大丈夫なのかよ」 「何が? 「体調。なんか最近、具合悪かっただろ?遅刻してきたり、保健室で寝てたりさ」 「あー。なんか、だるかったり眠かったりな。季節の変わり目だからじゃね?」 「年寄かよ!お兄さんは?どうしてる?」 「あー。たぶん知ってるだろうけど、まだ会ってない。もともと家にそんなに寄り付かないし」 「ふーん?でもこんなときくらい……」 「兄貴のことはよくわかんねー」 受け取ったジュースの蓋を開くと、フワッとピンク色の蒸気がハートの形になり弾けた。 「……おい。これ、あげる相手間違ってないか?」 「何を言う!俺の純粋なる気持ちだよ!」 嬉しそうにケラケラ笑いながら自分のも開けている。そっちは花火が飛び出していた。 「全く」 言いながら乾杯よろしく二人でボトルを合わせると、透明の液体がたちまち黄緑色になる。 「何味?これ」 「えーとね、キウイとメロンのミックス」 口に入れて噛み締めるように咀嚼する。 「あー!するするキウイなー!メロンなー!」 大袈裟に言うと卓巳も乗ってくる。 「気持ち、メロン強めでもいいのになー!」 「言えてる!」 拳を合わせる。 3秒後、 「ばからし」いいながら俺は脱力した。 「メロンもキウイも、夢でさえ食ったことねーわ」 「右に同じく」 「……ひたすら甘いな。本当に果物ってこんなくそ甘いわけ?」 「なー」 2人で蓋を閉めてため息をつき、窓の外を見た。
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