靄を払う

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僕の人生計画には一寸の狂いもなかった。 物心付いた時、初めて聴いた音楽はクラシック。 ピアノの軽やかで優しい音色が心地良く感じた。 胎教にいいからと、母が僕の生命(いのち)がお腹に宿ったと分かった時から聴かせてくれていたのだ。 流石、僕の母さん…… その効果があってか僕はあまり怒ることもなく、いつも周りの皆に穏やかだねとか、いつも笑顔だね、などと言われてきた。 近所の大人達も僕に良くしてくれた。 見ず知らずのおばあさんから「まぁ、可愛らしい!」なんて頭を撫でられたりもした。 僕は母に似て髪の毛の色など色素が少し薄く、幼い頃は「ハーフ?」などと尋ねられたりもした。 それに本もよく読んでいたので、年の割には早熟で、勉強も特にこれといった努力をせずとも成績が良かった。 「優秀なお子さんで羨ましいわ」 と母はいつも周囲に言われていたようだし 「(あきら)君は、将来何でもなりたい職業につけるわよ~」 と僕も友達の母親や担任の先生に言われたりした。 どの顔を見ても同じようなわざとらしい笑顔、誉め言葉ばかりで半分嫌味もこめられていたりするのかななんて卑屈になったりもした。 僕は、そんな大人達の気持ちが手に取るように分かるから 「そんなことないですよ。手先はちょっと不器用なんで図工とか苦手ですよ……」 なんて、謙遜する事も忘れない。 そういうちょっとした処世術みたいなものを自然に会得してしまう自分が、我ながら素晴らしいと思ったし、ちょっと恐ろしくも感じた。 あまりに幸せな事が続くと、その分、いつか不幸がやってくるんじゃないか…… というような得体の知れない不安が常に頭の片隅にあったんだ。
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