靄を払う

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付き合い始めて数か月が過ぎ、靖子の両親に挨拶に行くことになった。 「お父さん、お嬢さんとお付き合いをさせて頂いています……」 というようなセリフを何度も頭の中で反芻していると、未来の自分の姿までもイメージとして湧きあがり、改めて自分の隙のないプランにうっとりとした。 僕の思い描いていた通りに、靖子の両親との会話も和やかに進み、いよいよ結婚に向けての話を切りだそうとした。 だが、靖子の父親は僕の話を遮り 「君には本当に申し訳ないのだが……」 全てを早く終わらせたいと訴えているような語調で、僕の思考を阻んだ。 一瞬、何が起こったのか理解できずにいた…… ふと我に返り事態を把握すると、感じたことのない羞恥心で体温が一気に上昇する。 居た堪れず、靖子の制止も振り切り、気づくとその場から逃げるように街へ出ていた。 見慣れぬ景色の中、駅の方角もよく分からぬまま全速力で走る。 こんなに自分を抑えられなくなったのは初めてだ。 何時いかなる時も冷静に、穏やかにが僕の信条だったはずだ。 ……なんだか全てが馬鹿馬鹿しくなってきて笑いが込み上げてくる。 頭をからっぽにして走るのは何時以来だろう…… ――結婚を承諾して貰えなかったのは、僕に父がいないからだという。 靖子の両親は興信所に調査を依頼し、僕は音楽家の父とその愛人だった母の間に産まれた、認知もされなかった子供だという事が判明したらしい。 父がいないこと…… それは唯一、僕に足りないものだった。 ああ、幸せのお裾分けなんて意味がなかった。 僕のような自分の力では、どうしようもできない欠陥を持った人間はどうすれば良かったのか。
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