靄を払う

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――僕は決意した。 もう一度、結婚の許しを乞いに行こうと。 みっともなくてもいい、自分を認めさせてやるんだと思うと今まで感じたことのない力が漲ってくる。 翌日、僕は靖子には何も告げず、1人で彼女の家に向かった。 昨日、迷路のように見えた街並みも、これから何度となく歩み、見慣れた景色となることだろう。 靖子の父親は昨日会った時と同じソファで寛いでいた。 僕は正面に回り込むと膝をつき、これ以上は無いというほどの思いを込め懇願した。 「お父さん、僕と靖子さんとの結婚をお許しください!」 ――答えはない。 ……お父さん、僕は分かっています。 僕の事、認めてくださったんですよね。 長い沈黙の(のち)、 微かに頷くように震えて垂れた頭部が、一瞬2人の結婚を黙認してくれたように見えた。 僕はまだじんわりと義父(ちち)の温もりが残る包丁を握りしめたまま、 父をもう1度失うことはないのだと安堵し、深く息を吐いた。
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