青に揺蕩う

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 シャワーを浴びて、髪をタオルでざっと乾かし、着替えて更衣室を後にする。  プールは七時までに施錠しなくてはならない決まりだが、私があんまり毎日ギリギリまでいるものだから、顧問の先生は十五分過ぎくらいまでなら大目に見てくれる。職員室へ鍵を返しに行くと、時計は七時十分頃を指していた。先生は、 「おう、今日もお疲れさま。また明日な。」  と、気を悪くした様子なくにこやかに話しかけてくれる。 「先生だって早く帰りたいだろうし、あんまり甘えんなよー。」  とはあいつの談。余計なお世話だけど、正論なのでしぶしぶ頷いたものだ。そのくせこうやって時間を過ぎてしまうのが日常茶飯事なので、先生には申し訳ないが、私にとっては何よりも、より長くプールの中にいたいという気持ちがやっぱり一番なのだろう。  昇降口で靴を履き替え、外に出る。陸上部ももう上がりなようで、部員がブラシやトンボを持ってグラウンドの整備をしていた。空はさっきよりもさらに暗くなって、うっすら白い月が出ている。このくらいになるとそよぐ風が涼やかで気持ちがいい。肩にかけたタオルがかすかに揺れる。髪もけっこう乾いてきた。  裏門に歩いていくと、あいつがスマホをいじりながら塀に寄りかかっていた。足音に気付いたのか、顔を上げてこちらを向く。 「相変わらず着替えんの早えな、それでも女子か。」 「うっさい。」  何度目かわからない押し問答をして、あいつがにやっと笑う。 「コンビニ寄っていい?アイス食いてえ。」 「いいよ。私のもついでに買って。」 「なんでお前に奢んなきゃいけないんだよ。」  私達は並んで歩きだした。あいつは歩道と車道の境界のブロックの上を歩いている。肘で小突いてみる。ちょっとよろめく。思わずしてやったり顔になった。あいつもいたずらっ子のように笑う。 「片瀬、今日は何してたん。」 「いつも通りだな。ウーパールーパー眺めたりビオトープ観察したり。あ、準備室片づけたらなんか水槽出てきたから、明日洗おうって話になった。」 「ふうん。相変わらず緩いね。」  こいつ、片瀬拓海は生物部に所属している。言っていたように、普段はひたすら緩い活動しかしていない。本当に部活なのかと思うが、やるときはやるところらしい。生物室の前にはなんかの発表会に出したという大きな壁新聞が貼ってあるし、何度か表彰されたこともあった。 「鳴海はどうなん、調子は。」 「んー、悪くはないかな。これからテスト前になって部活なくなるから、その後どうなるかな、って感じ。」 「うっわ、嫌なこと思い出させんなバカ。」 「現実見ろよ、バーカ。」 「わかってるけどさあ。あー、俺も久々に泳ぎたくなってきたなあ。」 「こないだも言ってたじゃん。だから水泳部入ればよかったのに。」 「ほんとなー。夏になるとちょっと後悔すんだよな。」  片瀬と私は同じ中学出身で、二人とも水泳部だった。当時のこいつは私に負けず劣らずプールに入り浸っていて、居残り過ぎて何度か揃って注意されたことがある。でも私と違って片瀬は泳ぐのが大好きというようで、ぼんやり水に浸っている私の横でひたすら泳ぎまくっていた。よくもまあ練習後にあれだけ体力が余っていたものだと、今でも感心する。  高校でも水泳部に入るのかと思ったら、なぜか生物部に入ってしまったけど、なんとなく腐れ縁は続いていて、こうしてちょくちょく一緒に帰る仲だ。  やんややんやと緩い言い合いをしながら歩いていくと、目当てのコンビニに辿り着く。クーラーがガンガンに効いていて入った途端鳥肌が立った。その肌寒さに、アイスを買う気満々だったのが萎えてしまった。  片瀬がアイスの会計を済ますのを、適当にお菓子コーナーをぶらついて待った。外に出るとさっきまでのクーラーの冷たさのせいで外がぬるく感じた。やっぱりアイスを買えばよかったかも。 「ん。」 「へ?」  片瀬がアイスを差し出してきていた。しかも私の好きなレモンのやつ。 「ほれ、溶けるから。」 「え、うそ、くれんの?」 「今度三倍返しな。」 「やだよ。それにしても何さ、雪でも降らす気?」 「気分だ気分。しかもなんかアイス買えばよかったー、って顔してるし。」  図星な上に本当に溶けてしまうので、釈然としないながらもアイスを受け取る。すっぱくて爽やかで、疲れた体に心地よく沁みていく。このアイスの、シャリシャリしてるけどちょっとねっとりした濃厚さもあるのが、贅沢感があって好きだ。片瀬は大ぶりのモナカアイスを齧っている。夕飯前によくそんなの食べれるな、と思う。だからこんなに背が伸びたんだろうか。女子としては背が高い私より、片瀬は頭半分大きい。中二までは私よりチビだったくせに。
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