6人が本棚に入れています
本棚に追加
前編
子供の頃から雨の日が苦手だった。雨というだけで憂鬱な気分になる。退屈でしょうがない。肌寒いのにジメジメするし、靴も服もすぐ濡れてしまう。出かけようにも、雨の日に快適に過ごせる場所はあまり思いつかず、結局いつも時間を持て余す。
昼寝でもしようかとベッドに横になったとき、返却期限が迫ったDVDが目に入った。重い腰を上げて着替え、窓の外を見て小さくため息をつく。財布と携帯をポケットに突っ込んで、傘を手に家を出た。帰って来たら、昼寝をしよう。
自宅から徒歩10分のところにあるレンタルビデオ屋の返却ボックスにDVDを返して、今日も借りていこうと店の奥へ足を運んだ。適当にぶらぶらしていたとき、洋画コーナーに佇む知っている横顔に心臓が跳ねた。中学生の頃一度だけ同じクラスになったことがある彼女は、髪が伸び、身長もおそらく少し伸びて、少女から大人の女性になっていた。卒業してから会うことはなく、久しぶりの再会になる。正直顔と名前を正確に覚えられている自信はあまりないが、自分も好きなシリーズもののDVDを手にしている彼女に、内心結構浮足立っていた。
久しぶりなのに遠くから横顔だけですぐに彼女だとわかったのは、当時よくその横顔に見惚れて見慣れていたからだ。あの頃の気持ちが一気にフラッシュバックした。恋にまで発展しなかった、忘れかけていた想いが、今になって加速しだす。当時で止まっていた時計が急に動き出したようだった。こんなことになるならもっと洒落た格好をしてくればよかったと後悔しながらも、ゆっくり歩み寄る。なんて声をかけようか迷いながら口を開きかけたとき、彼女が顔を上げた。
「あれ、航星くん?」
先に話しかけられたことにも、彼女に名前を覚えられていたことにも驚きつつ、平静を装って軽く手を挙げた。
「わぁ、久しぶり。」
「久しぶり。中学卒業以来だね。」
あの頃と変わらない彼女の優しい笑顔に、もう誤魔化しが効かなくなった。この気持ちを自覚せざるを得なくなった。中学生のときは勇気が出なくて聞けなかった連絡先を聞いて、お互い手に持っていたDVDを借りて店を後にした。少し弱まってきた雨の中、隣同士で傘を差して、ぽつりぽつりとたわいもない会話を交わす。なんとかまた会えないかと、頭をフル回転させてうまい誘い文句を考える。分かれ道に差し掛かって、じゃあねと彼女が反対方向へ進もうとしたとき、咄嗟に手首を掴んでしまって我に返った。何か言いたいけれど何も思いつかない。不思議そうな顔で見つめられ、口を噤んだままそっと手を離した。
「どうしたの?」
「いや、あの……、今度、連絡するね。」
「あ、うん。」
「うん…。あ、じゃあ気を付けて。」
「うん。またね。」
小さく手を振って歩き出した彼女の背中をしばらく見送って、脈打つ心臓に手を当て大きく息を吐く。長年苦手だった雨の日が少し好きになりかけている自分の単純さに苦笑いしつつ、それでも行きとは正反対の軽やかな足取りで家路を急いだ。
最初のコメントを投稿しよう!