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第九話「水色の月」
ミルキーウェイの初ライブ前日。私たちはライブ前最後の練習のために、スタジオ「クレイジーバード」で練習に励んでいた。
桜井くんが、ドラムとベースのリズムに注文をつける。
「健太、最後の曲は、少しテンポを緩めてほしい。ちょっと走ってる。あと、中原のベースは逆にもうちょっと勢いがあってもいい。」
二人はすぐに頷く。じゃあもう一度、と桜井くんが言い、テンポの確認をする。
ドラムとベースのリズムが噛み合ったおかげで、歌とギターが乗りやすくなった。
おかげで音がぐっと近づき、分厚くなるのを感じる。曲が終わり、桜井くんはニッと笑う。
「良いね。」
そこで、スタジオのドアが開く。店主の矢島さんだ。
「お疲れ様でした〜片付けの時間だよ。」
時計を見ると、スタジオ終了時刻の5分前だ。桜井くんが驚きの声をあげた。
「え!もうそんな時間ですか!一瞬だったな。」
確かに。今日の練習は時間の流れが早く感じた。それはきっと、単純に、楽しかったからだ。
私たちは急いで機材の片付けを済ませて、スタジオを出る。
私は、意気揚々と皆に声をかける。
「私たち、最初の練習のときに比べたら、凄く息が合うようになったね。」
中原くんがそれを聞いて、優しい顔をした。
「春ちゃんの歌が良くなったからだよ。」
私は照れてしまって、思わず「そんなことないよ〜」と謙遜したが、その発言を桜井くんに叱咤された。
「春。褒められたら、受け止めた方がいいよ。せっかく褒めてくれた人のこと、否定してるみたいだ。」
「う…」
何も言い返せない。私は調子に乗ってると思われたくない一心で謙遜したが、中原くんの意見も、自分の歌の成長も無下にしてしまったように感じる。
それを聞いて中原くんが、まあまあ、と仲介をしてくれる。
「俺、否定されてるとか思わなかったよ。それに、日本は謙遜が美徳っていう文化があるしさ。」
それを聴いて桜井くんがますます眉間にシワを寄せる。
「俺、そういう文化苦手だわ。」
そんな私たちを、健太くんがたしなめる。
「もー、そんなことで喧嘩しないでさ。もう外も暗いし、明日のライブに備えて、今日は帰ってゆっくり休も?」
中原くんが賛同する。
「それ名案!さー帰ろう!帰ろう!」
私たちはスタジオを出た。健太くんと中原くんは家が逆方向なので、じゃあまた明日ね、と手を振る。私は桜井くんと二人で帰り道を歩く。
さっき怒られたところなので、少し気まずい。
時刻は夜七時。太陽は沈み月が光る。満月だ。今日の月は一層強く輝いていて、なんだか青みがかっている。私は思わず呟いた。
「今日の月は、水色に見えるね。」
桜井くんは、さっきのことなんてなかったかのように話し始める。やっぱり切り替えが早い。
「あれさ、大気中の塵の影響なんだって。火山の噴火とか、隕石の落下で発生するガスとか塵のせいで、月が青く見えるんだ。」
あんなに綺麗なものの正体が塵だなんて不思議だ。つくづく宇宙は大きくて、自分の小ささを実感する。
「へえ、詳しいね。」
「俺さ、月って好きなんだ。小さい頃、月は自分に付いてきてるもんだと思ってた。どれだけ歩いても、夜空を見たらそこにあるから。怖い夜も安心したんだ。」
「えっ。そんな可愛い一面あるんだ。」
桜井くんはムスッとする。
「可愛いとか言うなよー。可愛くないよ。」
私はぶつくさと不満を言った。
「さっきは褒められたら受け止めろって言ったくせに…。」
桜井くんは、少し図星という顔をしていたけど、慌てて反論する。
「男に言う可愛いは、褒め言葉じゃないと思っちゃうじゃん。可愛いって言われて嬉しい男もいると思うけど、俺はかっこいいって言われたいの。」
「ふーん。男の子って難しいや。」
ほんと男の子って難しい。桜井くんも、優太も、影山先輩も難しい。愛子みたいに男を手玉に取るのは、私には百年早いみたいだ。少し下を向いた私に気付いたのか、桜井くんは優しい口調になった。
「でも、そうだな。可愛いも褒め言葉なのか。ごめん受け止める。だから、春も受け止めて。俺も、春の歌、良くなったと思う。」
私は、驚いて謙遜しそうになった口を、慌てて塞いだ。そして、謙遜ではなく、自分の本心を口に出した。
「ありがとう。桜井くんのギター、かっこいいよ。」
桜井くんも、少し驚いたような顔をする。なんだかとても恥ずかしい。本心を言うのってこんなにも体温が上がるものなんだ。桜井くんは少し無理やり語気を強める。
「かっこいいに、決まってるじゃん!明日、頑張ろうな。」
◇
六月十五日、ライブ当日。
入り時間のお昼三時、私はライブハウス「タイムトラベル」の入り口に到着した。
中に入ると、床は一面、市松模様。真っ黒な防音の壁。色鮮やかに光る照明ランプ。
そして爆音。今日の出演バンドがリハーサル中だ。
その異空間は確かにタイムトラベルのように、時間と切り離されている。私は初めてのライブハウスに興奮していた。
圧倒されている私の肩を、誰かがポンと叩く。振り返ると桜井くんがいた。
「おはよ。あのバンドのリハーサルが終わったら、俺らのリハーサルだから。準備しといて。」
「は、はい!」
準備って何をしたらいいんだろう。周りを見渡すと、健太くんはスネアのチューニングを、中原くんはベースを弾いて指を慣らしていた。
私も見よう見まねでギターを軽く弾いて指を慣らしたり、声出しをしている内に、前のバンドのリハーサルが終わった。私たちの番だ。
初めてのライブハウスでのリハーサル。ギターとアンプをシールドで繋ぎ、ジャッと弾いてみると、スタジオで使っているのと同じメーカー、同じ型番のアンプなのに、音は少し違って感じる。困ってしまって桜井くんに助けを求める。
「ああ、同じメーカー、同じ型番でも、ライブハウスやスタジオによって音は変わるんだ。使われれば使われるほど、アンプの音もへたってくる。
あとはライブハウスの構造によっても音は変わるから。臨機応変にならないといけない。こればっかりは慣れだな。
まあ今日は初めてだから、俺が何言ってるかさっぱり分かんないとおもうけど。」
本当に何を言ってるのかさっぱりだ。桜井くんにアンプのセッティングを手伝ってもらって、どうにか準備が整った。初めての場所。初めての音響さん。初めての足元モニター。
いざ演奏を始めてみると、スタジオよりも声がよく聞こえて歌いやすく、リハーサルは意外にも順調に終わった。
リハーサルを終えて、今日のタイムテーブルを確認する。
今日の出演者は、クレイジーベリーズ、September flower、ザ・サンライズズ 、そしてミルキーウェイ。
ミルキーウェイの出番は二番目だ。
出番まで少し休憩しようと楽屋に入ると、共演者であろう方が私をじっと見る。
長いピンク色の髪を、ツインテールにしている。目の周りに真っ黒なアイメイクを施している、派手なお姉さんだ。お姉さんはニコッと笑って挨拶してくれた。
「初めまして〜!クレイジーベリーズのボーカルのアキラです!おいくつですか?」
その声を聞いて驚く。お姉さんと思いきや、この人は、お兄さんだ。
「高2です…お、女の人かと思いました…」
「ヴィジュアル系のコピーバンドなの!俺は高3!よろしくね〜」
「あ、よ、よろしくです…!」
駄目だ。緊張する。私はアキラさんに背を向け、楽屋の隅に逃げてしまった。そんな私をよそに、他のメンバー三人は共演者と仲良さげに話している。
少し、疎外感を感じてしまう。私が悪いけど。
楽屋の隅でウジウジしたり、コンビニにご飯を買いに行ったりして時間を潰していると、他のバンドさんのリハも終わり、開場の時間となった。
クレイジーベリーズを見に来たのであろう、バンギャっぽい風貌の女の子たちが入ってくる。高校生イベントということもあって、出演バンドの友達であろう高校生も多く、お客さんが入り口に続々と並ぶ。
桜井くんが学校の友達を呼んでくれたみたいで、私たちの高校の制服の子も多かった。そして、その内の一人の姿に目を疑った。
影山先輩がいる。
今日のイベントのことは、影山先輩には伝えていない。でも並んでいる。
私はとっさに、愛子も一緒に来ていないか確認したが、愛子の姿は見あたらず安心した。でも影山先輩は、今日の感想を愛子に伝えるかもしれない。
私は、絶対に良いライブをしなければ、と意気込んだ。
少し震える体に、ぐっと力を入れて、震えを抑え込む。
三十人ほどのお客さんが会場に入り、一バンド目のクレイジーベリーズのライブが始まった。アキラさんがピンクの髪を振り回しながら、ヘッドバンキングしている。
アキラさんがお客さんを煽ると、バンギャの女の子たちが咲き乱れ、一緒に頭を振る。
凄い光景だ。とても盛り上がっている。演奏もテクニカルで上手い。
初めて見るライブハウスでのライブに目を奪われていると、中原くんに声をかけられた。
「春ちゃん。俺らの出番次だし、本番の準備しとこ。」
「そっか、もう次なんだ、早いね…。」
私は楽屋に戻り、楽器の準備をしながら出番が来てほしくないと願ってしまった。
あんなに盛り上がって、演奏の上手いバンドの後に出ないといけないなんて。
でも、私が出たくないと思っても、無情に時間は進み、あっという間にクレイジーベリーズの出番が終わった。私たちの出番だ。
ステージに立つと、バンギャに紛れて、影山先輩が前方にいるのが分かった。気にしないでいよう、と思うほど、影山先輩が視界にチラつく。ライブをするのが怖い。
会場BGMの音量が上がり、そしてフェードアウトした。ライブ開始の合図だ。
ドラムのフォーカウントが会場に鳴り響く。
私は、わかりやすく緊張していた。歌い出しが少しずれてしまう。大丈夫だよ、という顔で中原くんが微笑んでくれた。なんて落ち着いているんだろう。ごめんなさい。
申し訳なさで、余計に焦って、歌のリズムが走っているのが自分でも分かる。桜井くんが私に合わせて一緒に走ってくれているのが分かる。ごめんなさい。
声が震える。私の声が震えたことに気づいたのか、健太くんのドラムの音が少し穏やかになったのが分かる。ごめんなさい。
スタジオでは海の中で心地よく皆で泳いでいるような気分だったのに。今日の私は、まるで海の中を徘徊する幽霊のようだ。
三人を暗い海の中に引きずり込んでやろうと、足を引っ張っている。
でも三人は溺れないように、溺れないように必死で泳いでくれている。
本当に情けない。今すぐ消えてしまいたい。
どうにかしようとすればするほど、自分が緊張するのが分かる。息継ぎがうまくいかない。海の水が口に入ってきてあっぷあっぷしているみたいに、息をうまく吸えない。
バンギャ達の白けた目が痛い。そんな私を影山先輩が眺めている。
緊張で喉が閉まる。私は今、たった一人、暗い海の中で溺れている 。
最後の曲が終わる頃には、私の声は枯れて、掠れて、もう聴けたものじゃなかった。
最悪のライブだった。
◇
ライブが終わって楽屋に戻ったとき、三人とも「お疲れー!」と声をかけてくれた。
お疲れ様、と掠れ声で返したものの、自分の掠れ声が悔しくて悔しくて仕方なかった。
「ちょっと、水買ってくるね。」
私は水を買いに行くという名目の元、ライブハウスの入り口を出た。
そして出た瞬間、一人で泣いた。
空には今日も青みがかった、水色の月が浮かんでいる。でも少し欠けている。
私は昨日が満月だったと思い知る。昨日までは今日という日を楽しみにしていたのに。
今日から私はすり減っていく。あの水色の月みたいに。涙で水色の月が揺れる。
しばらく泣き続け、涙も枯れた頃、コンビニのトイレの洗面所を借りて、泣き腫らした顔を洗う。水を買ってくると言って出たのに、もう四十分は経ってしまった。そろそろ戻らないと。
ライブハウスに戻ると、September flowerの出番は終わってしまっていて、トリのザ・サンライズズがライブをしていた。
ザ・サンライズズは、今日の出演バンドの中で、唯一オリジナル曲を演奏するバンドだ。メロコアのような速いビートだがポップなメロディ。短い金髪を汗で濡らしながら、強面の男の子が熱唱する。
明るい曲調で聴きやすい。バンドの演奏も熱が籠っていて迫力が増していく。
演奏もピタリと息が合っていて、見ていて清々しい。
曲が終わり、MCが始まる。
「どうもーサンライズズです!って、言いにくいわ!ズを続けるなっちゅーねん!」
どっと会場がウケる。大阪の出身の方だろうか。
明るい曲調、人を笑わせるMC、そして汗がほとばしる熱い演奏で観客の心を掴む。
そのバンド名の通り太陽のようなバンドだ。
「このバンド名の由来はね、俺が太陽って名前だからです!俺、太陽みたいに、みんなを照らす存在になりたいなと思ったんです!それでは聞いてください!『サンライズ!』」
私とは真逆の人のように感じる。あんなに底抜けに明るくなれないし、前向きになれない。あんな風に光り輝いてる人を見ると、自分が陰に思えてしまう。
私は自分のことを、心の底から嫌いになりそうだった。
◇
全ての出演バンドが終わった。お客さんが帰っていく。
その中に影山先輩の姿が見当たらない。もう帰ったのだろうか。私がキョロキョロしていると、クレイジーベリーズのアキラさんが声をかけてきた。
「ライブとっても可愛かった〜!!女の子なのにギター弾けてすごいね!女の子だからそんなに弾けないと思ったら、ちゃんと弾けててビックリ!」
ライブ可愛かった、か。私はとても虚しい気持ちになった。格好いいと言われたかった。格好いいライブをしたかった。それに、女の子なのに、女の子だから、とか言われたくない。女の子はギター弾いちゃいけないって誰が決めたんだろう。
「ギター弾けてすごいね!」じゃダメなんだろうか。なぜそこに、女の子なのに、が付いてしまうんだろう。
アキラさんは私のげんなりした様子に気づいていないのか、矢継ぎ早に質問してくる。
「ねえ、連絡先聞いてもいい?LINE教えて!っていうか、彼氏いるの?」
めんどくさくなって、私は愛想笑いをしながら、逃げるようにライブハウスから外に出た。外に出ると、影山先輩がいた。
「春ちゃん!」
「先輩…」
「俺が見ててびっくりしたよね。偶然だったんだ。俺、ザ・サンライズズの太陽くんが中学の同級生なんだ。今日のライブ誘ってくれたから来たら春ちゃんが出てて。驚いたよ。」
「あ、そういうことだったんですか…!本当にびっくりしましたよ。」
影山先輩は、私をしっかり見据えて言った。
「ライブ格好良かった。演奏も歌も、荒削りだったかもしれないけど。それも含めて。必死なのが格好良かったんだ。春ちゃん、ギター上手くなったね。」
私は言葉に詰まった。どこが良かったのだろう、と疑ってしまう。それに、先輩は可愛いなんて言わずに、格好いいと言ってくれた。そして「女の子なのに」をつけずに、私のライブを褒めてくれた。私は愛子と付き合っているこの人を、嫌いになれたら楽なのに、やっぱり嫌いにはなれない。
何か言わないと。ついつい「そんなことないですよ」と謙遜しそうになるが、桜井くんの言葉を思い出して、謙遜を押し込んだ。
「先輩、ありがとうございます。私、もっと格好良くなります。」
影山先輩が穏やかに笑った。
「すごく期待してる。また愛子ちゃんとライブに来るよ。じゃあ、また!」
愛子の名前が影山先輩の口から出て、私の心はチクッと痛んだ。
◇
影山先輩と話し終わり、ライブハウスの中に戻ると、ささやかな打ち上げが開かれていた。ソフトドリンクで乾杯し、共演者同士、交流を深めている。
メンバー三人も、ザ・サンライズズの太陽さんと、楽しげに話をしていた。
私の姿を発見すると、桜井くんは「どこほっつき歩いてたんだお前はーーー打ち上げ始まってるぞ!」と言いながら、私の頭をグシャグシャ、グシャグシャとした。私の好きな桜井くんの癖だ。
「ごめんね。軽音の先輩が見に来てくれて。挨拶したら遅くなっちゃった。」
健太くんが私を気遣う。
「春ちゃん、共演者と話せてないんじゃない?せっかくだし話しに行く?」
「そうだね、あまり挨拶できてない。あ、でもアキラさんには挨拶したよ。」
桜井くんが怪訝な顔をして私に耳打ちした。
「春、あいつ気をつけろよ!アキラさんは、見に来てくれた女の子、取っ替え引っ替え、手え出してるらしい。」
ああやっぱりか…と、私はげんなりする。
それを隣で聞いていた、サンライズズの太陽さんが呆れる。
「あいつは本当にクズ野郎だなあ。女の子みたいな見た目だけど、女心を一番わかってないよ。」
私は思わず賛同した。
「本当にその通りです!私に、女の子なのにギター弾けるんだ〜とか言ってきて。腹たっちゃった。」
太陽さんがまっすぐ私を見て答えてくれる。
「女の子とか関係なく、影山が君のライブをすごく褒めてたよ。後輩なんだって?応援してるよ。」
私は、影山先輩の言葉がお世辞じゃなかったことが改めてわかって、純粋に嬉しかった。
◇
共演者の方と、ライブハウスのスタッフさんに丁重にお礼を言って、私たちは「タイムトラベル」を出た。
中原くんが清々しい顔で言う。
「俺、今日のライブ、楽しかったな。春ちゃんは?」
私は、正直な気持ちを打ち明ける。
「ごめんね…正直楽しくなかったの。気張っちゃって、早く終わってほしいって気持ちでいっぱいだった。ごめん、こんなこと思ったらいけないね」
それを聞いて、健太くんが言う。
「春ちゃんスタジオのときめっちゃ声出てたのになあ〜」
そう。だからとても悔しい。余計に申し訳ない気持ちになって、私は下を向く。
桜井くんは、軽やかな口調で今日のライブを振り返る。
「まあ元気出せよ。初ライブだし。勿論初ライブとか、お客さんには関係ないんだけど…。でも春のこと皆が食らいつくように見てた。春の人の視線を惹きつけるんだなって思った。春は気づいてないかもしれないけど、俺ら三人、すごい楽しかったんだ。」
「本当ごめん…みんな私をどうにか支えてくれてたよね。それは凄く伝わってきたし、情けなかった。」
ライブを思い出して、また凹んでいる私に、桜井くんは意外と、本当に優しかった。
「俺らももっとバンド力鍛えるよ。俺らが良くなれば春は絶対もっと良くなるんだ。」
健太くんと中原くんも力強く頷く。そんな三人の様子に、私は心の底から救われた。もっと貶されたり、注意されると思ったのに、皆は今日のライブの結果を私のせいにしない。だから、私も皆のせいにしない。
「私ももっと良くなる。私が良くなれば皆も良くなる。」
話している内に、スタジオクレイジーバード近くの交差点に辿り着く。
健太くんと中原くんの家はここから逆方向なので、「じゃあまたスタジオで!」と手を振って別れた。
私は桜井くんと、いつもの道を歩く。少し欠けた水色の月が私たちを照らしている。
桜井くんが、興奮気味に今日のライブの話を続けた。
「バンドの一体感、高めていかなきゃな。ザ・サンライズズさんは凄かったなー。
バンド力高かった。めっちゃウケてたし。まさに太陽だったよ。」
「そうだね、太陽だった。私、あの人みたいに笑い取れないし、あんなに明るくなれないし。真逆だなって悲しくなっちゃった。」
そう言って塞ぎ込む私に、桜井くんは頷く。
「うん。確かに。春って月っぽいもんね。」
「ええ?どう言うこと?」
桜井くんは至って真面目な顔で説明する。
「太陽って眩しくて直視できなかったりするじゃん。でも月は直視できるし、クールだなって。月は大気中の塵で青く光ってるって話したの、覚えてる?
春もさ、辛いこととか、ゴミみたいな苦い経験のおかげで、ヒリヒリする歌歌えるじゃん。
太陽みたいな眩しさではないけど、青く光ってる。
春は太陽さんみたいな歌は絶対歌えないけど、太陽さんも、春みたいな歌は絶対歌えないんだよ。」
太陽さんのあの底抜けに明るく力強い歌を思い出して、私は妙に納得する。
「あとさ、月が俺についてきてると思ったら違った。
俺が月の引力に引っ張られてるだけで。春のことも、俺についてきてると思ってたけど。本当は俺が春に引っ張られてる。春のおかげで、まずはライブできた。俺嬉しい。」
桜井くんが子供みたいな顔で笑う。つられて私も笑う。水色の月が私たちを照らす。
私は、月に照らされて光る桜井くんの金髪を、より一層白く見える桜井くんの肌を、綺麗だなと感じて、一心に見つめていた。
そして、桜井くんの横顔を見るこの時間が、好きだと思った。
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