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ワンダフル劇場
「あーシイタケ婆さんの家の布団が吹っ飛んだ!!」
「ギャーハッハッハッハハハハ!」
大笑い、大爆笑、呵々大笑。そんな子供たちを目の前にして私は気づいてしまった。
この村の人間はセンスに溢れている!
私は極東の島国から出発してこれまで三十の国を遊覧してきました。しかし、どの国の人間もナンセンスばかり。私の笑い死に確定の渾身ギャグをどれだけ言っても顔をぽかんとさせます。
かわいそうなことに彼らには私のユーモアを受け入れることができないのです。彼らはいつだって外国人には冷たい。いや、冷たくしなければならない。おそらくは大笑いしたかったであろう。大爆笑したかったであろう。呵々大笑したかったであろう。ですが、それを許容するだけの器をその国の社会は持ちませんでした。残念なことに外国人である私の最強ギャグで笑ってしまったならその人は良くて村八分、最悪処刑も考えられます。
あぁ、なんてかわいそうなのでしょう。おぉ女神アデスよ。なにゆえ彼らに教えを与えてくれないのですか。かわいそうな諸国は邪教の教えに憑りつかれ、私のギャグで笑う自由も与えられない。なんとおぞましい。なんと不幸なのでしょうか。
それに比べてマカロニ王国の人はなんと素晴らしい!流石は偉大なるアデス教の信仰国家。見なさい地獄の火廻りに住み着く悪鬼羅刹共よ!この子供たちの楽しそうな笑顔を!ひまわりでさえこうは笑えないでしょう。火廻りだけに。ブファァア!
「ねぇ、ワンダフル。他にも何か言ってよ!」
穢れを知らない澄んだ目をした女の子が言った。その純粋無垢な目は純真な神の信徒でさえ凌駕するであろう。しかし―
「すみませんねぇビスケット、今日はこれだけしかギャグを考えてきてないんですよ」
本当に申し訳ないと深々と頭を下げる。そのとき、かぶっていた白のシルクハットが草原に落ちてしまった。その瞬間太陽が一段と煌めいた。それはもうピッカピカに。それを見た子供達は腹を抱えて大笑いした。
「あっはっはっはっはっは!!ハゲだぁー!つるつるだぁー!哀れな牧草地だぁー!」
「ギャッハッハッハッハッハ!!うっわぁあ!頭部円形脱毛症だぁ!村長以外で初めて見たぁ!!」
「あはははは!!うわぁ眩しいよぉ!太陽神様のご降臨だぁ!ひれ伏せぇ!やっはっはっは!!」
子供たちはそれぞれ思い思い叫ぶ。見間違いだろうか、今までで一番気持ちよく笑っている。
それに対して私は少しだけ申し訳なさを感じながらもワクワクしていた。
私はニコニコとさせた表情を一切崩すことなく言った。
「黙れ糞ガキ共」と。
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「黙れ糞ガキ共」
低い一喝が子供たちの鼓膜に浸透した。彼らにとって未だかつて感じたことのない類の声であった。
ピタッと笑い声が止むと子供たちは驚いた表情を浮かべる。困惑、予想外と言った顔つきだった。純白に煌めくシルクハットを被りなおしたワンダフルは肩をフルフルとさせていた。にも関わらす、顔を見ると柔和そうにニコニコしていた。子供たちは俊敏に真意を読み取ろうとした。これもいつものつまらないジョークなのか、それとも本気でキレているのか、と。悪戯やからかいのプロフェッショナルである子供たちは真剣なまなざしでワンダフルを見つめた。その様子ははた目から見ている限りでは怯えているように見えるだろう。
再び分厚い唇が動く。
「おい、ファックな糞ガキども。てめぇ等なんてことを言いやがる。最低だ。本当に最低だ。他人の痛みは自分の痛みだって女神アデスはおっしゃったのを知らないのか?あぁ!?」
ニコニコとした顔から一転、絵物語で聞く異教徒の鬼のようになった。凶悪無比のその顔を見た幾人かの子供たちは「ひっ」と小さな悲鳴を上げた。
「おいこら、「ひっ」てなんだ「ひっ」って!私を馬鹿にしているのか?知ってるのか知らないのかハッキリと返事をしろ!!」
ワンダフルは顔を真っ赤にさせて激怒した。そして、なにかをぶつぶつと唱えると子供たちの目の前にあった岩がボゴッと音をたてて割れた。
子供たちはすぐに気が付いた。あの岩は自分達の頭と同じくらいの大きさであったと。身の毛がよだった子供達から血の気が引いていった。彼らはちょっとした悪ふざけのつもりでからかっただけだ。たったそれだけのことでどうして頭を割られないといけないだろうか。そんな大したことないことで自分の命を張るだけの無謀さなど持っていない。「ごめんなさい!知ってます!許してください!許してください!!」と一斉に謝罪の言葉を言うのにためらいなど一切ない。賢しいと言われればそれまでだが、死にたくないのだ。
しかし、どんなに謝罪の言葉を積み重ねても、どんなに頭を下げても、ワンダフルは口を開く事はない。それどころか再びブツブツと言い始めてからはもう狂ったように声を張り上げて謝った。ごめんなさい!!!すみません!!!申し訳ございません!!!と喉が潰れるまで叫び続けた。するとブツブツ言うのを止めたワンダフルは厳かに言った。
「知ってはいても理解はしてないってことだよな?ビスケット、クッキー、ワラビモチ、どうだ?理解していたか?」
突然の名ざしに三人は小さな体をビクンとさせた。助けを求めるように周りをキョロキョロするが誰も目を合わせない。処刑場に並ぶ人のように恐怖に支配された表情で弱弱しく、擦れた声で「はい」と答えた。
「あぁ?聞こえねぇよ!女神アデスはおっしゃった。人に聞こえない小さな言葉は言ってないも同然だと。糞ガキ共、よほどアデスの教えに熱心じゃないように見えるが、もしかして異教徒か?」
空気が変わった。
マカロニ王国においてアデス教は唯一無二の教えであり、それ以外の宗教は認められていない。そのため、アデス教以外の宗教を信じようとするならば、アデス教直轄聖堂騎士団によって処罰されてしまうのだ。例年少なくない人数が処罰されている。
ど田舎のミズアメ村でも例外ではない。一度異端の疑いを持たれたら子どもであっても聖堂騎士団に引き渡され、例外なく異端審問会に招待される。ちなみに異端判定率は驚きの100%だ。
「ち、違います!わたしは!女神アデスを!心の底から心棒しています!決して、決して!汚らわしい異端者なんかとは違います!」
「お、おれも!女神アデスを!心棒しています!ぜ、絶対に異端者ではありません!」
腹の底から引き出すような声で僕も、私も、と子供たちは狂ったように異端ではないと否定する。それはそうだ。否定しなければその時点で異端審問会行きのチケットを購入すること同義であるため全力で否定する。昔、否定することを拒んだ不良少年がいた。そのあと彼は聖堂騎士団に連れてかれ、数日後に小指となって帰って来たという。耳にタコができるほどその話を聞かされていた子供たちはその子の二の舞になりたくない故必死だ。もう喋れなくなってもいい、だから今声を張り上げろと泣きながら自分に言い聞かせて声を張り上げる子供達にワンダフルは。
「そうですかそうですか、そこまで言うなら君たちは異端者ではないのでしょう」
先ほどの修羅の表情から一転。今は慈愛に満ちた聖母のような笑顔を浮かべた。子供たちは全員ビクビクと震えながらもこくりと頷く。助かった。そう安堵したであろう子供たちの多くは腰を抜かした。が、ワンダフルが「しかしー」と続けたことで子供たちに衝撃が走った。なんだ、何をしかしなんだ、ともう訳が分からない気持ちになって続きを聴く。
「しかし、そんなあやふやな知識ではこれから先も同じようなことが起きるでしょう。今回は異端者でないことが分かってもらえても、次は異端者だと勘違いされるかもしれない。ここまでの話は理解出来ましたか?理解できなかった子はいますか?うん?」
まるで台本を読み上げるようにスラスラと言うワンダフル。しかし、先ほどの脅しが利いていたおかげで子供たちに気づかれない。泣きながらうんうんとうなづく子がほとんどだ。
「泣かないでください。私はただあなたたちが心配で心配でたまらなかったのです。こんなにいい子なあなたたちがもしも単なる知識が足りない等という理由で異端者だと認定されたら、私はとても悲しいです。ただ、もしも、もしも異端者だと認定されてしまったなら、あなたたちだけじゃありませんよ。異端を生んだ責任として一族郎党。へたをしたら村ごと焼かれるかもしれません」
火に囲まれ絶叫の中聖堂騎士団の異端撃滅部隊による浄化という名の虐殺。逃げ惑う異端の烙印を押された村人。その中にはお母さん、お父さん、おじいちゃん、おばあちゃん、たくさんの友達、甘いパンを焼いてくれるシイタケお婆さん、子供が大好きな優しい村長、怒ると怖いけどみんな大好きメルばあちゃん……
みんな殺されていく、異端撃滅の正義の剣が、異端浄化の聖なる炎が、邪悪を許さない女神様の怒りが、全ての異端者を殺していく。全ては自分のせいで。
聖炎は穢れた異端を浄化するまで燃え続ける。自分のせいで…自分のせいで…と壁に張り付けられて全ての終わりを見させられた後、最後に浄化される自分。
カチカチと音が鳴った。一つ二つではない、カチカチと、十数個の歯震えが響いた。想像したのか、初夏であるにも関わらず、幾人かの子供の体がブルブルブルと震え出した。噴き出す汗はひんやりと冷えている。
「ですが、心配いりませんよ。あなたたちは異端者などではありません。この村にあるネリアメ教会で神父ノドアメから教えを受ければもう安心です。異端者だと思われることがない敬遠なアデスの子になれるのです。さぁ、早く教会へと行きなさい。でないと教戒が下りますよ教会に行かなかったばかりに。ブファッ!」
見ると子供たちはクスリとも笑わない。まるで家族を殺されて震える戦争孤児のように震える。その様子にワンダフルは少し反省する。ちょっとやりすぎたかなと。
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また、少し設定、もしくはストーリー。あるいは台本を改善する必要がでた。はぁ、どうしてこんなことになったんだっけ。
一度整理しよう。話は2週間前の、そう。ワンダフルという謎のキャラ設定すら思い浮かんでいない。否。そもそも私がこんなマッチポンプをしなければならないという惨状すら知らない。そんな1週間前から、整理していこう。
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