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シーリアの帰還
「ミィーン!ミン!ミン!ミン!ミン!ミン!ミン!ミン!ミン!ミン!ミィーン」
けたたましく鳴く蝉の声。子供の頃はあまりのやかましさに反蝉防音戦線のリーダーを務めていたなぁと。交通機関用の馬車に揺られながら昔の記憶を読み起こす。残虐だった子供時代。幾人かの子分と一緒に蝉の首を取ること2時間。山ほど詰みあがった蝉の死骸を見て満足げに笑う私たちの前に、鬼のような顔をしたメルばあちゃんが現れた。ド叱られた上に拳骨をもらって悶絶したのはもういい思い出だ。はは、たんこぶってあんなに大きくなるんだな。とても反省した。それ以降は蝉を虐殺したことはない。あれは一種の子供的行為だったようにう思われる。後に聞いた話では村の大人の大概は蝉などの小生物を虐殺する遊びを子供の頃にしていたらしい。考えてみれば街と違って遊び場所などほとんどない田舎の農村において、生き物の虐殺というのは数少ない娯楽であったのだと思う。そのためある種の仕方のなさを知った上でメルばあちゃんは拳骨を選んだのだろう。つまり、その数少ない娯楽とやらが悪いことだと拳を持って理解させる道を選んだのだ。その点でメルばあちゃんは正しいことをしたのだ。それにしてもあの拳骨は痛かった。
自然と乾いた笑いがこぼれた。隣に座ってる青髪ちゃんと金髪君は楽しそうな笑みを零している。おそらく私同様に帰郷の喜びがにじみ出ているのだろう。一つ違うことはその笑いの動機であろうか、もしくは受けた衝撃の種類であろうか。否、話し相手の有無だろう。
今日は5年の離郷が終わり我が故郷。これはミズアメ村への帰還途中の戯言遊びだ。なんせ暇で暇で仕方がない。こんなことを考えるくらいにはすごい暇だ。隣の青髪ちゃんは金髪君と楽しそうに話している。超楽しそう。そんなに楽しそうに羨むのならば隣の2人に話しかけろと、勇気を出して話しかけろ。そう一般人は言うだろう。しかし、考えてみてほしい。全然知らない子にとって、この私に話しかけられるというのがどういうことか。まあ、暇つぶしにはなるかもしれないが。
自然と笑いが零れる。今度のは本当に楽しそうな笑い。もしくは凶悪な笑い。すぐに顔を元に戻し、真顔にすると次にわざと怪訝な目つきを作りじっくりお二人さんをジロジロと舐めるようにねめ回す。お二人さんが気づいてこちらを見たきた瞬間。あごに手を当てて言った。
「ねぇ、そこのあなたたち。もしかして帰郷ですか?」
「…!!?え、ええそうです」
話しかけると突然ビクッとするお二人さん。警戒を交えた声で返答する。
「へえ、仲が良いですね。どこ出身ですか?」
「え、ええと。わ、私はえーと。敬遠なアデス信徒であって、糞のような邪教を心棒しているはずがございません」
「お、同じくです」
青髪ちゃんの何か覚えているセリフを思い出して読みあ上げるようなぎこちない返答。金髪君も慌てて同意している。ひたいを見ると汗がにじみ出て、ぼたぼたと零れ落ちている。おそらく暑さとは関係のない汗であろう。
そう、こういうことだ。
彼女らは話をしている時私の顔を見てなどいないのだ。彼女が見ているのは修道服、首にかかっているアデス教のシンボルたる天在。そして、アデス教全体なのである。
アデス教は身内には優しいが、異教徒には冷たい。いや、それどころか攻撃的、もしくは否認的。そして疑心的。
マカロニ王国では地方の農村以外では行われることだ。職質ならず教質。「あなたはアデス教徒でありますよね?」という教質は、アデス教の聖職者ならだれでも行える権利のようなものだ。そしてこの教質で強い疑いを持たれた者を発見した際には聖堂騎士団に連行する義務が発生する。そのため一部の狂信者以外の聖職者は使うのを少しためらうものだ。勿論、聖職者は一般人に比べて戦闘能力が高い。しかし、相手が凄腕の冒険者、傭兵、盗賊、戦闘家であるなら話も違う。返り討ちにあうこともあるだろう。その上、異教徒を発見しておきながら、連行の義務を果たさない場合は発見者自身が罰を受ける。つまり疑いを持った時点でやるかやられるかの関係になるということだ。なんて野蛮的ロマンチック。
しかし、今回はちょっとした悪戯。いわゆるお楽しみ税を徴収。もしくは暇つぶし。その上、あくまで教質を匂わせる発言と素振り。つまり合法。
「はは、そんなに警戒しないでください。私はただ故郷を聞いているだけですよ。こうして出会ったのも何かの縁じゃありませんか?教えてくださいよー」
あくまで友好的に振る舞う。あくまで微笑む。悪魔の笑みで問い詰める。
怯えだすお二人さん。特に顕著なのは金髪君。太ももがブルブルと震えている。しかし、勇敢な青髪ちゃんは覚悟を決めたのか、胸を張る。あらら、メルばあちゃん候補だね。
「リンゴアメ村です。リンゴアメ村のヨウセルです」
「同じくリンゴアメ村のサー」
ん?ヨウセルとサー?どこかで聞いたことがあるなぁ。まぁリンゴアメ村って、ミズアメ村の二つ奥の村だし。聞いたことあっても不思議じゃないか。
さてさてではではお楽しみのお時間に突入致しますか。
「ふむふむ。で、ヨウセルさんとサーさんは付き合っているんですか?」
「違います!」
「え、あ、違います」
「ほーうほう!ではではお二人はどのような関係なんですか?」
「私たちは冒険者をやっていて、久々の帰郷なんです」
「…これでもCランク冒険者なんですよ」
「Cランク!?とても優秀なんですね」
あっぶね。見るからに十代だから超油断してた。Cランク2人とか、もし本気で反抗されたらほぼほぼ勝てないじゃん。てか超優秀だな!こっわ。あんまり煽るのやめとくか。徴税終了。ありがとう高額納税者。
「ところでそちらのお名前はなんですか?」
ヨウセルちゃんが問いかける。
「私の名前はシーリア。シーリア=アデスです」
「えっ!」
そう答えるとヨウセルちゃんは突然バンッと立ち上がる。サーも表情を変えている。え、なんだなんだ。
純粋な好奇心半分、やられるかもしれない恐怖心が半分。しかしこの程度のことで動揺は流石にしない。薄い笑顔を保ったまま相手のアクションを待った。
「初めまして!ずっと会いたかったです!シーリアさん!」
そう訳の分からないことを言い出すと、ヨウセルは私の手をいきなり掴むと笑顔で腕をブンブンさせる。否。腕どころか体ごとブンブン振り回される。何回か勢い余って天井にぶつけられる。
「うげっ、ちょ、やめて。お、やめろ。おい、おまえ」
「あっ」
無我夢中に言葉を並べるとヨウセルの糞がやっと人語を理解して止める。
「うがっ」
が、タイミングが悪かったみたいでちょうで天井にぶつけられたタイミングで手放され、そのまま床に落下した。
「ゴラァア!暴れるんじゃねぇ!!」
「す、すみません!」
御者のおっさんが怒鳴ると即座に謝るサー。無残な現状だ。まるで狼の大群に蹂躙されたかの気分だ。
「て、てめぇ…」
沸々と怒りが湧き出てくる。まさかこんな目にあわされるとは思ってもみなかった。今まで敬語使ってきて損した。くそ、クラクラする。痛みをこらえ顔を上げると目の前に糞なヨウセルがニコニコした顔つきで立っていた。
「大変失礼!あなたシーリアさんですよね。初めまして、モンとヤハルタからいろいろ話は聞いていますよ!」
「あ?モン?ヤハルタ?」
「はい。私とそこのサーはモンとヤハルタと同じメンバーなんですよ。いやぁ!教会の人だったからつい、身構えてましたけど!シーリアさんだったんですね!いやいや偶然だなぁ!」
急にキャラが変わってるな。頭が追い付かない。メンバー?つまり、奴らの冒険者チームメンバーってことか?ヨウセル?サー?あぁ、そういえばあいつらの手紙でそんな名前が書いてあったな。チームメンバーに格上がいるって。へぇ、たしかにあの2人よりも格段に強そうだな。だがしかし、そうだとおかしなことがあるな。
「ふーん、そういえばモンの手紙にヨウセルって名前あった気がするわ」
「でしょ!でしょ!」
「でもさ、ヨウセルって確か獣人って聞いてるけど。そ」
ヨウセルは普通の人間の見た目なのだ。変身魔法の可能性もあるが、モンが適当言ってない限りはヨウセルは剣士だったはずだ。剣士が魔法を使えるだろうか。
「あー!それね!いま変身魔法かけてるの。ん、かけてるの?ちょっと語弊があるね。正確にはサーがかけてくれた、かな!サーはね、凄腕の魔法使いなんだよ!」
「へっへへ」
照れくさそうに笑うサー。なんかこいつ金髪のくせに影薄いな。
「まあ、このご時世さぁ何があるか分からないじゃない?少しでも揉め事の火種を作らないようにねって!」
「…ぼくは別に隠さなくてもいいと思うんだけどね。耳とか尻尾とか」
なんかペース崩れるなぁ。さっきまでは顔面潰してやろうかとか思ったけど醒めちゃったな。まあいいや。いつかモンに仕返ししてやろう。もとはと言えばあいつのせいみたいだし。
「てかモンとかヤハルタはどうしたの?同じチームなんでしょ?」
「いやぁ、今回は仕事じゃなくて個人的な休暇なのよ。だから久々に地元帰ろかと思って!ね?」
「う、うん」
なんか歯切れが悪いな。どうやらサーは内気な人間らしい。魔法使いのありがちなタイプだな。
「次ミズアメ村ね!」
御者のおっちゃんが野太い声で次の到着地点を伝える。
「お、意外と早かったな」
「楽しく会話してたら時間なんてあっという間だよ」
「もしくはさっきの攻撃で体内時計が狂ったか」
「あはは、勿論前者だね」
「…マジで異端審問にかけたろか?」
「うわぁ!ごめんごめん。慰謝料はしっかり払うよ!モンが」
「うん、しっかり慰謝料は払ってもらうよ。モンから」
「あはは、モン金遣い荒いから借金だね」
「大丈夫大丈夫。あいつ見てくれは良いから体売らせてでも慰謝料はもらうよ」
「大丈夫大丈夫!最悪私たちが出て、『うちの仲間に何してくれとんだ!おっさん!あぁ!?』って脅しこめば簡単だよ。しかも合法」
「…むしろこっちの方が聖堂騎士来るんじゃないかな」
「大丈夫大丈夫。演技指導はバッチリ任せて。勿論演技指導料も頂くけど。成功報酬の20%を」
「おやおや、シーリア。あんたもごつい女やねぇ」
「いえいえ、ク、ヨウセルさまには敵いませぬよ」
「「オッホホホホホホホホ!!」」
「…ク?」
ヒヒーンッ!と鳴く馬に合わせて馬車は停止する。すると御者のおっちゃんが八百屋のおっさんみたいなトーンで声をかける。
「あいよ!ミズアメ村到着!」
「ほら、やっぱり会話が楽しかったからあっという間だったね!」
ニコッと笑うヨウセルを見ると自然と私も笑みが零れた。上手いなコイツ。コミュ力Sクラス。いつの間にか友達になってるし。
荷物を持って馬車から飛び降りる。後ろから声がかかる。
「シーリアまたね!」
「ま、またね」
そう手を振っている姿を見送ると私はミズアメ村に足を踏み入れる。5年ぶりの故郷だ。
「ミィーン!ミン!ミン!ミン!ミン!ミン!ミン!ミン!ミン!ミン!ミィーン」
けたたましく鳴く蝉の声。今はその騒音でさえ好ましく思える。まるで私の帰還を待ち望んでいたかのような。つまり翻訳するとこうだ。
「おっかえーり!おかえり!おかえり!おかえり!おかえり!おかえり!おかえり」
うーん。いい気持ちだ。いや、待てよ。私はその大昔。蝉を虐殺した集団の長だった。否。蝉が私を歓迎するわけがない。つまり、再翻訳するとこうだ。
「死ねェ!クソガキ!帰ってくんな銀のガキ!てめぇ犬ッコロみてェな目しやがって!てめぇより俺様のほうがションベンかけんのウメェんだぞ!」
……反蝉防音戦線再結成
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