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「ひゃあ、お外は暑いねぇ。土の中とは大違いだぜ」
「それなぁー、去年の成虫組が歓喜の雄たけび上げてるの聞いて羨ましく思ってたが、ゆーてだな」
「2.3日くらいは楽しかったけどねぇ。お、見ろよあそこ。今から成虫になるやつらだぜ。おーい新入りこっちだよぉ!美味い樹液があるぞぉ!」
「おいおいはしゃぐなよ。はは、安心しろ樹液なんてちょっとやそっとじゃなくなんねーよがんばれ!がんばれ!」
ミンミンと鳴く新入りを眺めていると四日前の自分達の姿が頭によぎった。地上という楽園を夢見て暗闇の地中深くに潜ってた日々。凶悪な爪を持つモグラ共に怯えながらも日の光を憧れにここまで生き延びた日々。多くの仲間が散っていくなか俺たちは生き残った。その勲章がこの日光と樹液だ。さぁ、新入り諸君。7日程度の短命を燃やして最高の冥途の土産にしようぜ!
殻を破ったばかりの新入りは透明色の羽をぎこちなく羽ばたかせる。右に傾いたり左に傾いたりとおぼつかない。ハッキリ言ってまともに飛べていない。
「がんばれ!がんばれ!がんばれ!」
周りの連中も声を合わせて応援する。なにせここいらにいる連中も亡き先輩からの応援歌に救われているクチだ。自分の姿に重ね合わせてしまうよな。
つい目元がウルッと来てしまう。新入り達はミンミンと応援に触発されるように次第に新しい体の一部を受け入れ始めた。
そうそう。そうだ。それでいいんだ!
「がんばれ!がんばれ!がんばれ!」
透明で心細く見えた羽は空中を切り裂くように羽ばたかせる翼に変質している。彼らが新入りでなくなった瞬間だ。
新入り、否。一人前の蝉になった彼らはすごく嬉しそうに、また誇らしげにしている。その表情は4日前の自分と同じものだった。ポロっと涙が零れ落ちる。よくやった、よくやったぞおまえら!
ぴゅんっぴゅんぴゅん
そんな風を切る音がしたと思ったら新入り君達は高速に飛行する水の球体に激突し、思い切り吹き飛ばされる。唖然としていると目の前に彼のものであったと思しき透明な羽が落ちていた。ゾワッと危険を感じた成虫一同は何が起きたのか瞬時に理解し排尿と共に沈黙した。その沈黙は彼らの7日程度の楽園が終わりを告げたしるしであった。
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静かな場所だ。そう静かだ。そのとおり最初から静かであった。その静けさをもって私はミズアメ村に帰って来たことを確信した。5年ぶりくらいであろうか。村に入って行くと大人は畑に行っているのか、子供達が棒を振り回して見るからに気の小さそうな男の子を追いかけ回している。ふむ、なつかしい。
幼き時代の自分と重ねて感傷に浸った。しかしいつまでも感動しているわけにはいかない。とりあえずは村長のところに顔を出すことにしよう。
それにしても変わらないなこの村は…
道中、昔の記憶と見比べながら歩いているとほかの家より少し大きな家を見つける。その家はパンを焼くための立派な煙突が付いている。その特徴から誰の家かすぐに思い出すことが出来た。
シイタケ婆さんの家だ。小さい頃によくパンを焼いてもらったな。マイタケ兄ちゃん元気かな。もう二十歳超えてるなぁ。
すぐ近くだったので村長宅を後回しにしてシイタケ婆さんの家に行くことにした。そもそも一番最初に村長宅に行かなければならないなんてルールはないしな。
ドンドンドン
「ごめんください」
返事がない。
仕方ない……勝手に中に入るか。
街ではありえないことだが、このような田舎の農村において、かってに家の中に入ることは普通のことだ。そのため街に来るいなかっぺが大概一回はやらかすことだ。かくゆう私も何回もその感覚が抜けなくて何回も罰金を払ったものだ。思い出すだけで腹が煮えかえる。まあ、その罰金を支払った子にはその日の夜にご飯奢ってもらったから別にいいけど。悪しき風習だったな。
そんなことを考えながらシイタケ婆さんの家に入った。昔来た記憶と照らし合わせながら、中を探索していると違和感に気づいた。たしかシイタケ婆さんとマイタケ兄ちゃんの二人暮らしだったはずだが、妙なことに1人分の生活痕しか見当たらない。例えば、食器。洗い場にあるのは一人分の食器だ。どういうことだろう。少なくともここ一年程度は一人であったと推測できる。するとすぐに二つの考えに至った。
1.シイタケ婆さんがくたばった
2.マイタケ兄ちゃんが出て言った。
シイタケ婆さんも歳だからな、ありえなくもないな。マイタケ兄ちゃんは…嫁作って新婚生活ってとこかな。マイタケのくせに生意気な。
そんなことを考えてシイタケ婆さん宅を後にして村長宅へと向かった。
少し歩くと、赤と黄色の可愛らしい家についた。村長宅だ。
ゴンゴンゴン
「ごめんください」
そう言うと古い家特有のベコッガタンという足音がした。よかった、村長達はいたみたいだ。足音の大きさからメルばあちゃんかな。
ガチャ。開いたドアから顔を出したのは背が高い痩身の男だ。眼鏡をかけていて細目、胡散臭い笑い方をするその男は崩した神父服を着ていた。
「はは、おやおや、この時間帯に誰かと思ったら5年ぶりのお客さんだ」
ドアを開けると両手を広げるポーズを取る。神父ノドアメだ。このふざけた動作は忘れようもない。
「おかえり、シスターシーリア」
「……ただいま、神父ノドアメ」
なんで神父ノドアメが村長宅にいるんだ?何か用事?
「おやおやなつかしい名を聞いたと思ったら、なつかしい顔を見たな」
「帰ってきてたのね、おかえりなさいな」
奥からのそのそと熊のような体格をしたおじいさんと赤髪でキリッとしたおばあさんが出てきた。
「トルク村長、メルばあちゃん」
久しぶりの再会だ。昔よく一緒に遊んでくれた村長夫妻。
「では、私はこれで。シーリア、また後でね」
神父ノドアメは軽く笑いながらそう言うと家から出て行った。
「いらっしゃい、シーリアちゃん。5年ぶりくらい?大人らしくなったわねぇ。今17歳くらい?」
「そうですね、17歳になりました」
「大きくなったなぁ、最後に会った時は12歳のころか、あの頃も可愛かったが、今はなんというか綺麗になったな!」
「ありがとうございます」
距離感がわからない、というより忘れてしまった。小さい頃はもう少し砕けた調子で喋っていたと思うが、どうにも距離感が難しい。
「あっはっは、なぁんか他人行儀な喋り方ね、久しぶり過ぎて忘れちゃった?」
「はい」
「あるあるそういうの。私も若い頃はいろいろな国に行ってたから、数年ぶりとかにその国の知り合いに会うと、あれ?こいつとどうやって喋ってたっけかな?ってなったわ。でもそれも数日経つと不思議と昔通りに喋ってるらしいのよ。だから大丈夫よ」
「はぁ、なるほど」
「そうだよ!シーリアちゃん!ゆっくり馴染んでいけばいいから!これからはミズアメ村にいるんだろう?」
「はい。教会学校で聖職者としての認定をもらったので、村でシスターとしてやっていくつもりです」
「なら何の問題もない!ゆっくり過ごすうちに思い出すさ。ところでモンとヤハルタは元気か?たまに手紙をもらっているんだがな」
「はい、二人ともDランクからCランクに上がろうと、ゴキブリ並みの元気で頑張ってますよ」
「おぉそうか。え、うん?ゴキブリ?それ褒めてるの?」
「はい、潰しても這いまわるくらい生命力に溢れています。なにせプライドだけは高い2人ですから、格上の仲間に追いつく執念でたぶんドラゴンに切り裂かれてもピンピンしてますよ」
「あっはっは!早速慣れてきたみたいだね。なつかしいねぇその毒舌」
毒舌?どこがだろうか。事実を等身大の表現で言ったのにな。その疑問が顔に出ていたのかメルばあちゃんは笑っていた。
「相変わらずだねぇ」
その後いくらか話をしていると、シイタケ婆さんのことを思い出した。この謎を解明したいと思いトルク村長に聞いてみた。すると途端に気まずそうな顔になった。
「あー、シイタケ婆さんかぁ。実はねぇ、マイタケ君が戦死しちゃったんだよ。ほらデイラダ帝国との」
デイダラ帝国。
数十年前まで暗黒大陸と呼ばれていた未知の大陸に覇を唱える国家で、近年メキメキと領土を拡張していると言われている。聞いた話によると暗黒大陸のほぼ全土を支配して、征服された国の人間はみんな奴隷として扱われているとか(事実は知らんが)。そんなデイダラ帝国はアデス教が邪教と認定しているデイダラ教を絶対信仰しているので、アデス教国家であるマカロニ王国は仮想敵国と認識していた。10年前にデイダラ帝国がマカロニ王国南西部に位置するマカロニ最大の港湾都市タハランタンに侵攻してきたことから現在戦争状態にある。
「2年前のタハランタン防御戦でデイダラ軍のカタパルトで運悪くね」
「マイタケのほかにも14人、徴兵されている。ワタアメ地方は比較的新しい領土だ、マカロニ王国側にとってはこの地域の若い子が何人死んでもそれほど心を痛めないんだろうさ」
メルばあちゃんは怒りを込めた声で紡ぐ。メルばあちゃんの性格で考えると本気で腹を立てているのだろう。
「ま、そんな暗い事言ってても仕方ない!シーリアが帰ってきたんだ。今は喜ぼうか!」
気を紛らわせるためにか大きな声をだして笑った。メルばあちゃんの性格的に相当無理をしているようだった。腕がフルフルと震えている。
「そうですね。さて、そろそろおいとまします。はしゃいでしまって荷物もそのままなので」
「そうだね、シーリアちゃんも街から帰って来たばっかで疲れているだろう。帰って休むといいよ。荷物はこぶの手伝うよ」
「いえいえ、こんな老いぼれに荷物持たせるほど私はもう非力なおチビじゃないので大丈夫ですよ」
「お、老いぼれ!??まあ、確かに歳は取ってるけどそこまで老いぼれじゃ…」
「あっはっはっは!山の王と呼ばれたあんたももう形無しだねぇ!気を付けてね!また遊びにおいで!お菓子用意しておくからさ!」
「はい、山の王が気になるので絶対行きますね。では失礼します」
気を使わせるわけにはいかない。たしか村長ももう79の高齢。ぎっくり腰なんてやられたら大変だ。それにしても山の王ってなんだろう。熊に間違われた話しだろうか。普通に気になる。
そんなことを考えながら歩いていると懐かしのネリアメの森に着いた。その森の中に私の実家、ネリアメ教会がある。森の中は日光を遮る木々が多く生息していて比較的涼しい。蝉も学習したのか控えめに鳴いている。うん、許容範囲かな。
乾いた土の上を踏み鳴らすように歩く。どうにも街の石畳に慣れてしまったせいでなんとなく違和感が感じられる。まぁ、数日もしたら違和感も消滅するだろう。それにしても懐かしい音色だな。森が奏でるメロディーは聞く者の心を浄化してくれるような気がする。やかましいのは騒音だが。
木の葉がユサリユサリと揺られる。鳥がチュンチュンと鳴く。蝉がミンミンと鳴く。赤ん坊がワァンワァンと泣く。
え、赤ん坊?
鳴き声がする方向に目を向けるとそこには黒髪の赤ん坊がわぁんわぁんと泣いていた。その赤ん坊はなぜか裸で寝転がっている。一瞬で大量の疑問符が頭に付いた。捨て子かな?それともここまでハイハイで脱走してきたのか。だとしたら滑稽だな。
元学生らしく自由な感想を心に抱いていると、赤ん坊が私に視線を向けた。スッと泣きやむとハイハイで私の足元まで来ると裾を引っ張りだした。
こうなると流石に放っておくわけにはいかないので、連れて帰ることにした。一気に重くなる荷物に軽い絶望を覚えたが、そこは持ち前の気合と根性で乗り切った。ちなみに私の嫌いな言葉は気合と根性だ。へっ今日から私は熱血根性キャラでやるしかないってのかぁ。てかこの子めちゃめちゃ重たいんだけど。せっかく最小限に荷物をまとめてきたのにこれじゃあ何の意味もなかったじゃない。汗が滝のように流れる。しかし何故かこの子は汗をかいていない。もしかして妖精かな。もしそうなら奴隷商に高く売れるな。へへ
おそらくは熱さと疲れからだろう。聖職者の役目を担う身としてあり得ないことを考えてしまう。修道女として最低の発想だろう。しかしそんな私が好きだ。否。そんな私だからこそ大好きだ。そんなどうしようもないことを考えていると時間の流れが速く感じられる。そのため個人的にはあっというまに教会に着いたように感じられた。自身の瞳と同じ青色の屋根をした教会を見ているとやっぱり来るものがある。瞬間幼い日の頃が映像として流れてきた。あ、3歳の私。あ、4歳の私。あ、5歳の私。全員可愛いな。
ジーンと感動を覚えた。偉いぞわたし、頑張ったなわたし。
「ふぅ、やっと着いたか。時間かかったなシーリア」
「はっ?」
ひたいに青筋が汗と共に煌めく。
明らかに馬鹿にした声だった。声がした方向を見ると先ほど拾ってやった赤ん坊がいた。しかも悪党がスカウトに来そうな極上の悪顔で。
まさかとは思うがこの赤ん坊が喋ったのか?だとしたらなんて口の利き方だ。親切丁寧に拾ってやって、私の貴重な体力を略奪しておいてなんて横柄な態度だ。もしアデス教に殺生が禁じられていなかったら、魔法でこの小さな顔面を砕いているところだった。もしくは私服だったら堂々と窒息させてそこらへんに投げ捨てていただろう。
「なんだ?まだ気づいていないのか?やれやれ、とんだマヌケ野郎だ。まさか師を忘れるとはなんて薄情な子なんだ」
クソガキは地面に下りると二本足で立ち上がる。わざわざ両手を広げてほざくパフォーマンス付きで。その気取ったポーズにデジャブを感じる。そしてその発言。
師?何を言って。あ、待てよ。
私は5年前のことを思い出している中で一つ重大なことを忘れていた。5年ぶりの帰郷で浮かれていたのだろうか。なんなら村長の顔性格なんかより、よっぽど忘れてはいけないものだ。
神父ノドアメは変身魔法の権威でなおかつ大の悪戯好きのクソ野郎だ。忘れていた。そういえば神父ノドアメはこの手の悪戯を多くしてきていた。
「まさか神父ノドアメですか?」
「ピーンポン!てか気づくの遅いよ」
ひたいの汗が零れ落ちて目に入る。そんな一瞬の瞬きの間に赤ん坊の姿は、意地の悪い笑みを浮かべる痩躯の眼鏡男ー神父ノドアメに変わっていた。
「やれやれ、これなら5年前の方が賢かったよ。学校に行って頭が悪くなるなんてどんな皮肉だい。成長したのは体だけでオツムは小さくなったんじゃないのか。いや、」そう言うと私の身体をよぉく見る。すると溜息をついてふっと笑う。そしてやれやれと言わんばかりに再び両手を広げていやらしく笑う神父ノドアメ。その瞬間、わたしの脳内血管がプチっと音をたてて千切れたような気がした。荷物を全て降ろすと、あえて凍り付いたお面のように軽薄な笑いを浮かべる。そして目標地点に構築を始める。
「あっはは、なーるほどなーるほど。どうやら女神へのお祈りは済ませたみたいですね。もし済ませてなければ―――死後の拝謁で嘲笑される覚悟がおありだということで!」
構築が完了する。狼のように獰猛に笑うと最も単純に宣戦布告する。
「クソが!ブチ殺してやる!」
喋りながら無詠唱で魔法を使う。使うのは水魔法。左足の裏に水の板を作ると、右足で思い切り踏みこむ。すると限りなく摩擦係数を無視したスピードで神父ノドアメに肉薄する。左の袖に仕込んでおいたナイフを持って首めがけて猛烈突進を行う。この攻撃は初手対応が困難だ。だいたい刺さる。しかし神父ノドアメは私に合わせて同じように獰猛に笑うと、首に黒い球体を出現させる。黒い球体に刺さった瞬間。私は宙を舞っていた。一秒にも満たない滞在時間の後我らが母なる地上に強制送還された。すんでのところで足に張った水でクッションを作る。それを好機とみた神父ノドアメは私に肉薄し、踵を上げる。その瞬間わたしは勝利を確信し、本物の笑みを浮かべる。第一の攻撃が防がれるのは想定内、本命はこっち。私は予め構築しておいた圧縮の罠を発動させる。標準は踵。踵ならなくなっても即死はしないし、負けを認めさすにはうってつけの部位だ。
「悶絶しやがれ」
ボゴンボゴンと嫌な重音が響いた。軋む踵は歪な形に変貌し、ついには砕けた。
「えっ?」
血肉を予想して気を張っていたのに飛び出してきたのは鉄の塊。爆ぜた足を見ると衝撃の事実を知った。
「え、あ、義足だったの?」
神父ノドアメは細目から赤い瞳をのぞかせると嫌らしくニヤァと笑った。
「小便は済ませたかな?済ませてなかったら私が彼らと一緒に嘲笑してあげましょうクソ野郎」
瞬間、お腹に衝撃が駆け抜けた。じわっと下半身から漏れ出てくる。薄れる意識の中ノドアメ達の嘲笑が耳に残る。最も耳障りな騒音と共に
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