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「お、おい。大丈夫なのコレ死にゃしない?」
「問題ないよ。この程度で死ぬ方がおかしいし」
「いやいや、私もめちゃくちゃやり過ぎたかなって後悔してんのに何でシーリアそんなキッパリ言えるの…」
ウィリアムが見るからに不安そうな顔つきをしている。確かに、免疫がない人なら慌てるのは当然だろう。しかし私たち世代の大体は鬼畜ノドアメから更に恐ろしい目にあわされている。神父ノドアメがおかしいのだ。どういう発想で2歳のチビにあの忘れも出来ない暗黒世界に閉じ込めるという虐待をすることが出来るのか。あの世界に取り込まれた私を含めた7人は全員が全員しばらく精神を病むことになったというのに。まぁそれに懲りたのかそれ以降の子達にはやっていないみたいだから安心?ちゃあ安心だが。
それにしても教育がなっていない子が増えたみたいだな。子供とは言ってみれば真っ白。否。透明色のキャンパスだ。つまりどんな色にも染まる。無邪気だの純粋だのと聞こえのいい言葉で誤魔化してはいるが、つまり何者にもなる可能性を秘めた存在なのだ。実際その道のプロともいうものの大概は幼少期の経験に依存しているものと聞いたことがある。まぁ長々と言ったが、つまり私は身をもって人間の限界を知っているプロということだ。その私が命に余裕をもった教育を行っているのだ。大丈夫に決まっている。…そんなプロになりたくなかったな。
「まぁ歳の功かな」
私はそんな長文を発声するはずもなく思考を最も単純化した言葉でなるべくさらりと解答した。いくらウィリアムが可愛すぎるとしてもこれくらいは自分で考えてもらいたいものだ。これこそが真の教育だろう。
ウィリアムは怪訝な表情を浮かべたがすぐに何かに行き着いた様子で目を瞑った。ウィリアムは私たちの世代の教育を知っている数少ない下の世代だ。その言葉を大まかに理解したのだろう。
「うっ……う、う」
するとそのタイミングでなんとかの目が薄っすらと開いた。薄く開けられた瞳は私の存在を確認すると恐怖の色に染まった。ふむ、やはり出合い頭に恐怖を植え付けるのは有効だねぇ。
「気が付いたかなんとか」
「ヘアヌカートね」
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く、苦しい。
何度同じ単語が頭に列挙されただろうか。連行されている時間はおそらく2分ほど。緩やかに圧迫された気道は幾度も悲鳴を上げたが無常な子供隊長殿は全く気にも留めない足取りで移動し続ける。どこへ連れていかれるのか?おそらくは帰って来たと聞く卒業生のところだろう。そしてそいつが私に用?あんまり想像がつかない。てかマジで苦しいよ。
ガチャッ!と乱暴に扉を蹴り開けると突然投げ出される。突然のことで受け身など取れなかったが、投げ方が上手だったのだろう。大した痛みも衝撃もなく着地する。なんだ教会の乱暴長でも最低限はマトモなんだな。
そう思ったのは酸欠からの気の迷いだろう。後頭部に衝撃を受けたことでその事実を知った。そして軽い脳震盪と共に思い至った。やらなきゃやられると。ある策を立てた。それは勝率で言えば2割程度のものだったが、湧き上がる衝動がその愚策を採用してしまった。おそらく歴史上に名を連ねる無能指揮官と同じ思考回路を進んだのであろう。
まぁ結論から行くとやっぱり失敗。強烈な腹蹴りをされて悶絶に現在至っている。しかしそこらと出来が違う私ことヘアヌカートは一定の思考レベルを維持したままの悶絶を可能にした。私は痛みというより苦しみに藻掻きながらも新しい経験からの成長を期待した。`サヌストリート教育理論`にもあった『成長とは、痛烈なる経験をもってでしか得られないものだ。もしあなたが身体的、精神的な成長を望むならあなたが思う最も苛烈な出来事を経験しなさい』通りだと仮定すると私は成長することになる。つまりこの苦しみは一種の成長痛なのだ。……というかそう思わないとやってられない。なんだこの苦しみは。しかし私は後悔しない。あの時反撃をしなければ`エンドマの弱肉強食論`にもあった『弱者とは、反撃をしないことで発生する存在だ。例に挙げれば草食生物は肉食生物と比べれば弱者であろう。しかしその理由は彼らの行動原理が食い食われる関係にあることだと実験で明らかになっている。正面からの衝突における草食生物と肉食生物の戦闘力に一体どれほどの差が付くのだろうか。その結果には弱者などという言葉は産まれないのだ。』によると確かに今私は敗北した。しかし、決して弱者などではない。決してだ!だから私はいくらかの不満はあるにしても概ね満足だ。
もしかしたら私は酔っていたのかもしれない。もしくは本に書いてあることに従順になり過ぎていたのかもしれない。例えばサヌストリート教育論。痛烈?苛烈?などの経験で死んでしまったらどうするのか?死んでから成長などできるのであろうか?全く馬鹿げている!
エンドマもそうだ。敗者は生まれるが弱者は生まれない。という聞こえのいい言葉で最もらしいこと言ってはいるが、では死者になったらどうしろと言うのか。そんなのはただの精神論だ!死者は無条件に弱者と認定されるという現実を知らないのか
私は一見にして高尚に思える本に無条件の信仰を預けていたのかもしれない。しかしそれは間違いであったと気づいた。いや、気づかされた。
あの銀髪の悪魔によって。
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「あ、悪魔ぁ…」
「悪魔?私が?」
私はそう言うと笑った。どうやらヘアヌカートは比較的温室育ちらしい。いや、まだ4,5歳であることを考えると無理もないかもしれない。しかし、私が悪魔か、超笑える。一回ノドアメに本気で怒られて見てからそういうことは言ってほしいなぁ。
「あぁ…悪魔だ。間違いないウィリアムなんか目じゃないくらいに悪魔だ」
「あらら、それは経験が浅いね。少なくともウィリアムは悪魔とは言えないよ。優しすぎるもの」
「わたし優しいか?厳しくしてるつもりだぞ」
「優しいよ。だって厳しさを出してるだけで素じゃないもの。どっかのだれかは素で悪魔、否。悪魔神父って言った方が邪悪だね。あの悪魔クソ眼鏡は厳しいとか優しいとかそういう次元にいないもの」
「…神父。ノドアメか?あの人は優しい人だろ。本買ってきてくれるし」
「はっ?」
つい冷たい声が出てしまった。しかしあの神父ノドアメ、否。悪魔神父が子供にモノを買う?あの平気でチビに向かって精神崩壊魔法使うような化け物が、本を買う?
頭がクラクラしてきた。この異常事態に考えられる可能性は3つ。
1.神父ノドアメが甘くなった
2.このヘアヌカートは実はノドアメの性奴隷
3.実は神父ノドアメではない
あっもう一個可能性があるな。
4.子供に対する接し方が分からなかったから実験していた。
うわ、4、超絶それっぽい。死ね!まだ3.の偽物説の方がいいわ!ド畜生め!人をモルモット扱いしやがって!!いつかブチ殺す。とりあえずほかの6人に教えてやろ。なんなら割り勘で暗殺ギルドに依頼だしたろかな、うぶっ!
怒りに燃えていると突然腹に衝撃が走る。見るとメラメラと目を滾らせるウィリアムが正拳突きを腹に繰り出していた
「おいこらなに自分の世界入り浸ってるんだ灰ネズミ。お前の用で呼び出しておいてなんだそれは」
うわっ手に埃がかかったと嫌そうな顔で自分の裾で拭くウィリアムを見て心に傷が入った。まさか鬼畜ノドアメの下拷問的教育を受けた私の鋼の心に傷をつけるなんてナンテ!ハードクラッシャーなんだ!?とオーバーリアクションを心の中で取った。顔面は勿論ほんの僅か痛みに歪んだだけ。
「あぁ、ごめんごめん。さてヘアヌカート。長いからヘアヌで切るね。本マニアだっていうヘアヌに聞きたいことがあったんだよね。あのさ、サヌリストリート教育理論って本どこにあるか知らない?」
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