灰ネズミとサヌストリート教育理論 

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 「はぁ」  本日n度目の溜息が零れた。頭を抱えたくなる書類を前に目を閉じた。これなら野良仕事をしている方が100倍マシだ。そう思えるくらいにはストレスが溜まっている。気分転換に腕を伸ばす。まるで何かに縋るように。  ドンドンドン トビラを叩く音にひかれて書類を仕舞う。トビラを開く人物が救世主だといいな、と年甲斐もなく思ってしまうくらいにはどうやら参っているようだ。  *********************************  ミンミンミンミンと鳴く蝉に憎悪を滾らせる。おそらく私は生涯にわたって蝉と対決することになるだろう。 そんな戯言とともに森を歩く。 あのなんとかってガキの証言によるとサヌストリート教育論は村長にレンタルされたらしい。しかもそのレンタルされたのは昨日。レンタルしたのはノドアメ。純正な悪意を感じるわ。あーいらいらしてくるな!  おそらく今の私の顔を(はた)から見たなら異教徒の鬼のようだと形容されるだろう。  太陽が銀髪を勇ましく照らした。もはやそれにさえ怒りを感じて来ていた。あーいかんいかん!いらいらを抑えないと私の風評が! 怒りに支配されながらもどこか冷静な脳みそは非常に合理的な判断を下した。しかし、そうはいっても人間。頭でそう思っただけで感情を支配することはできない。そのため今日の朝に起きた、おそらく帰郷して唯一楽しかった記憶を呼び起こすことにした。そう、それは朝食の事。私が教会の冴えないパンとスープを口にしていると、おそらく私がいない間に入ってきたであろうおチビが宴会のように騒いでいた。  「なぁなぁ、なんか卒業生が帰ってしたらしいよ」  「マジー?なんでなんで?」  「なんか街で職にありつけなかったカスが出戻りしにきたらしいよ!」  「うっそ!ゴミやん!」  「そういやクソまみれでここに帰って来たらしいよ。しかも腹を空かせて森に倒れてるところを神父ノドアメに救助されたとか」  「うっそ!恥さらしやん!ネリアメ教会唯一の汚点だね」  「てか神父ノドアメ優しすぎじゃね?いくら聖職者だからってそこまで援助してやることなくね?」  「しかもさ、そのクソまみれ、大恩ある神父ノドアメに刃物向けてきたらしいよ。まぁ結局ぼろ負けしたらしいけど」  「うっわ!ゴミの上に雑魚とか敗北者じゃん。……俺らはそんな情けない野郎にはならないようにしような!」  「たりめぇよ!俺らで冒険者チーム作って伝説のZ級冒険者になってやろうぜ!」  「そして俺らみたいな捨て子を助けたろうぜ!」  「俺らマジで神ってるアデス信徒だな!」  わーい!わいわいわーい!わいわいわーい!わいわい  10歳未満の子供達が如何にも楽しそうに食事を取っている状況に私は怪訝な気持ちと数キログラムの殺意が芽生えた。  あれ?教会の食事ってこんなだっけ?たしか私たちの頃は……  「食事は3分で取りなさい」  「一言でも言葉を発したら井戸に落とします」  「何か一つでも残しこしたら井戸に落とします」  「おっと3分です。食べ残したのは…全員ですか情けない。」  「まてよ!そもそも3分で飯なんか食えるはずがねぇだろ!」  「女神アデスはおっしゃいました。食事に時間をかけるやつは近い将来死ぬと。おやおや、どうやらその通りに事が進むかもしれませんね?アイゼム?」  「ふざんけんな!そんな言葉アデスの聖書にないはずだ!都合の良いように改変すんな!クソ神父!!」  「……いいことを教えてあげましょう」  振り上げる拳と共に神父ノドアメは宣言する。  「ルールは強者が作り上げるとね」  「ふざけんな!それでも聖職者か!??」  「聖職者には子供を教育する権利がある。それに歯向かうのは教義に反することでは?え?ファナム?」  「教義って、それは現代アデス教が発布したもので、聖書にはそんなこと書いていないわ!」  「過去を振り返ることなく前進することが我々の使命ですニーヤ」  「そんなのは詭弁だ!それはあんたの思想だろ?通らないよ!」  「ヨ―スカイ、女神アデスはおっしゃった。教えは解釈されるものだと」  「あんた都合が良すぎるだろ!?」  「いいですか?私には私の理念があって、あなたたちにはあなたたちの理念がある」  神父ノドアメは振り上げた拳を振り落とすと宣言する。  「私は子供に口喧嘩で負けたくない!」  「もうだめだこいつ」  アストがため息交じりでそう言う。  私とウォルタラがそれに追従するように肩をすくめるとノドアメの赤目が見開き煌めく。  「異論反論はねじ伏せました。つまりあなたたちは敗北者であり、この瞬間全ての権利が失われた。あなたたちはこれから起こることに無条件で従わなければならない。それは敗北したからだ」  そう、今考えても訳の分からないまるで演劇のセリフのような言葉を読み上げると、私たちは井戸に叩き落され、食事で足りなかった腹を水で埋めることのなった。  ・・・  うん。だいぶ違うな。おかしいな、どういうことだろう。  私は上座で飯を食うノドアメの姿を見た。何も口に出さない。何も制限を設けてこない。本当にノドアメではない説を再提唱したくなる。  ノドアメを不審な目で見たくなる気持ちを抑えて、眼前(がんぜん)の食事に集中した。まぁ考えてもわからないことだし。今から起こるだろうエンターテイメントを楽しむことにしよう。  私は何事もないかのような振る舞いで食事を取っていると、突如ざわめきが起きた。まるで今気づいたと言わんばかりの表情でそのざわめきの正体に目を向けると、ノドアメはシーリア特性の異物混入スープ(毒物と砂)を飲んで噴き出していた。おやおや、もしかして昨日の夕ご飯も出ているんじゃないんですかね?なんともみっともない。あいつら(同世代のカス共)にも見せてやりたい光景だね。  その姿が私の恥辱を塗り替える程の滑稽さを子供(チビ)たちの与えることを祈った。その瞬間子供(チビ)達の悪戯心溢れた言葉たちが、私に幸せを与えた。  ふんふんふふーん♪  つい鼻歌が混じるくらいには上機嫌だ。なんならスキップをしてもいい。というかもうしてる。  「シーリアちゃんおはよう!いつ帰ってきてたの?」  「おはようございます!二日くらい前に帰ってきました」  「おっすシーリア!なんだか機嫌がいいね?なにかいいことでもあった?」  「うぃっす!最高のエンタメを目撃したのよ」  「おー!シーリアちゃん体細いなぁ。ちゃんと食べてるのか?やっぱ肉食わんといけぇんよ!ほら、猪肉あるから持っていき!」  「ありがとうございます!体太くするため毎日通います!」  「そんなにたくさんねぇよぉ」  「おっちゃんの分くれればそれだけで満足です!」  「あんた鬼か!」  「「あっはっはっは」」  田舎の良いとこその一 みんな優しい。  田舎の良いとこその二 食べ物くれる。  田舎の良いとこその三 ツッコみ入れてくれる  素晴らしいね。それに比べて都会は…  都会のここがダメその一 八割冷たい  都会のここがダメそのニ ゴミくれる  都会のここがダメその三 ボケを放っておく  ここテスト出るから。  そんなしょうもないことを考えていると村長宅に着いていた。マジでキングクリムゾン。ん?なんだそれ?  私は白い拳を振り上げるとトビラに三回振落とした。つまりノックだ。  足音が聞こえた。当たり前だ。この時間帯は村長は確実にここにいる。まぁいなくても勝手に入って勝手に物色するだけだけど。  がちゃ  トビラが開くと途端に既視感(デジャブ)を感じた。いや、まさかあのクズがここにいることはないよな。  「おや、シーリアちゃん。ん、どうしたの?なんで溜息をついているの?」  「いえ、安堵の息です」  メルばあちゃんが出てきた。途端に安心した私はつい息を吐いてしまった。まぁ仕方ないよね。  
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