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「また騒がせてしまって、すまない」
食事の後、また申し訳無さそうにアレイナが頭を下げてきた。いや、騒いでいたのって、僕と風里姉ぇだけだったと思うんだけど。
「なんか最近、謝ってばかりだね」
つい口からそんな言葉が滑り出て、僕は慌てて口を抑えた。それを聞いたアレイナはハッとした顔になって、また少し俯いた。
「私は、この世界に来て陸哉に迷惑をかけてばかりだ。せっかく陸哉が恥を忍んで頼み込んで、ここに居候させてもらったのに。私は……自分が情けない」
「それを言ったら、僕はもう恥ずかしくて生きていけないよ」
え? と、俯いていたアレイナの顔が持ち上がった。呆けた顔で僕を見るその顔にしっかり向き合いながら、僕は答えた。
「僕だって、あっちの世界ではずっと君に迷惑かけっぱなしだったじゃないか」
ほんの一ヶ月前まで、僕は異世界にいた。
人間達が精霊と契約し、その力を借りて特別な力を操ることで、全てを賄っている、まさにファンタジーの世界だ。
聞くところによると、僕等のこの世界にも精霊はいるらしい。関係性を築くことが出来ず、その恩恵に預かれていないということだが、その代わりにこの世界では火や風を起こすため、科学技術を発展させていったのだ。
それはともかく、僕はその「精霊世界」に導かれ、翼の精霊と契約した精霊騎士、アレイナと出会った。
それからは世界を魔族で埋め尽くそうとする帝王の復活を阻止するため、そして僕が自分の世界に帰るため、仲間達とともに命懸けで戦ったのだ。
……口にすると酷く安っぽく聞こえるけど、戦っていた僕達は本当に命懸けだったのだ。
そんな戦いの旅を一年半続け、全てにケリを付けた僕達は、ようやく自分の世界に戻ることが出来た。この失踪期間をどう周囲に言い訳しようかと悩んだけど、驚いたことに戻ってくるとこの世界ではまだ六時間しか経っていなかった。
そのことにホッと出来たのは良かったが、僕にはまだ、それ以上の悩みの種が残っていた。
紆余曲折あって、こちらの世界へ連れて来てしまった相棒、アレイナのことが。
「こっちの世界に来たこと、後悔してる?」
不安が思わず口から出た。この世界で暮らすことを選んだのはアレイナだけど、そのキッカケを作ったのは間違いなく僕だ。誤った選択をさせてしまったのではないか、本人も後悔しているのではないか、というのは、常に僕が恐れていることだった。
「そんなことはない! 後悔するくらいなら、あの時私は、陸哉の手を掴んでは居なかった!」
「ちょっと、声大きいよ。風里姉ぇに聞かれる!」
そう僕が言うと、本人も大声を出したことが恥ずかしくなったのか、顔を真っ赤にして背けた。
正に騎士という言葉が似合う凛とした顔立ちの彼女に、こういう弱々しい顔を見せられると、僕もなんだかドキドキしてしまう。
「こちらに来たら、二度と向こうの世界には帰れない。私はそれを承知でここに居るんだ。全く寂しくないと言えば嘘になるが、私は今、それ以上に幸せな暮らしが出来ていると思っている」
「アレイナ……」
「陸哉の言うとおり、私は弱気になりすぎていたのかもしれない。それで陸哉に悲しい顔をさせてしまうことなど、私は望んでいないから」
一番後悔していたのは、僕なのかもしれない。勝手にアレイナの思いをネガティブに捉えて、恐れていた。それが巡り巡って、彼女を不安にさせてしまった。
一番反省しないといけないのは、僕だ。
「陸哉、今日これから暇か?」
「え? 特に用事はないけど」
僕がそう答えると、アレイナは清々しい笑顔で振り返りながら言った。
「じゃあ、陸哉の好きなところならどこでもいいから、どこかへ連れていってくれないか? この町のこと、私はもっと知りたいんだ」
それは、騎士としての尊厳を携えた顔ではなく、歳相応の少女らしい、屈託のない笑みだった。
笑顔につい見惚れていると、アレイナは僕の返事を聞く前に手を取っていた。いや、そもそも断る理由なんてない。快く頷いた僕は、繋いだその手を自分から引いた。
僕の好きなところか、そう言われてみると結構困る。特に名物もない、店のジャンルもそこまで揃っているわけでもないこの町で、好きな場所なんてあっただろうか。
とりあえず自分の行きつけのクレープ屋にしよう。悩んだらとりあえず食べ物だ。大雑把に目的地を定めた僕は、少し駆け足気味に玄関へと向かった。
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