2.異邦人の冒険‏

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2.異邦人の冒険‏

 その日、僕は高校の入学式を前に、両親の墓参りに出掛けた。  僕の両親は、ある日車で買い物に出かけたまま行方不明となっていた。驚くべきは車ごと忽然と消えてしまったことで、神隠しなんて世間では言われていた。  その後も死体はおろか足跡すら見つからなかった。親戚は数年後に区切りとして共同で葬儀を開き、立派な墓を建てた。  周囲が両親の生存を諦める中、僕だけはどこかで生きていることを頑なに信じ続け、墓参りにも行かなかった。  けれど、その真相はあまりにも突然に、そして最悪の形で知らされた。両親は精霊世界に引きこまれて死んでいたのだ。  それを知ったのは、僕がこの世界に呼び出されて間もなくだった。僕が召喚された場所の近くで、相当に朽ち果てた両親の車が見つかったのだ。その中身に関しては、もはや思い出したくもない。  その時は知らなかったけど、今にして思えば仮にあんな状況でも「実は生きていた」なんて奇跡があったとしても、世界同士のタイムラグを考えると僕が呼ばれた時点で両親は大昔の人だ。どの道生きているわけもなかった。  アレイナは「両親の最期の思いが巡り巡って君を引き込んだのでは」と言っていたけど、そう考えるとある意味すごい迷惑なことをされたのではないか、と思う。  両親の墓標はあちらの世界に置いてきたけど、僕はきっと天国くらいは繋がっているだろうと思い、遺体がなくともこのお墓は大事にしようと考えている。  無事入学することを伝えた僕は、足早に墓から去った。もう、両親の死は嫌というほど向こうで身に染み込ませてしまったのだから。  春の風に撫でられながら、僕は帰路についた。ようやく慣れてきたけど、最初のうちは向こうに慣れすぎて、道ですれ違う車が化け物に見えて仕方なかった。今ではようやく高度な文明社会への順応を概ね取り戻している、はず。  身体が少し冷えてきた頃、馬立骨董店が見えてきた。あれこそ今の愛すべき我が家である。  この骨董店は、風里姉ぇの両親、僕の父の弟夫婦が営んでいる店で、世界中を旅してオジさんオバさんが仕入れてくる、万国の骨董を取り扱っているのが売りだ。骨董収集家の一部にそこそこ知られた店のようで、古ぼけた木造建築というところがいいのか、しばしば収集家が立ち寄ってくる。  現役女子大生の風里姉ぇが、今の店長代理である。一応学生なので、多く店は開けられないのが難だが、馴染みの客がいるから一応そこまで困らないらしい。  学校の都合で開店閉店を決めるようになってからはやや客足が遠のいた、なんて愚痴っていたけど、最近はそれも解消されつつある。  居候となったアレイナが、店番としてあがるようになったからだ。というか、それが彼女をこの家に住まわせる条件だった。  アレイナは孤児院の子で、その施設が潰れて行き場がなくなってしまって、とにかく可哀想な人なんだ! 力になりたいんだ! と、哀れさを盛った設定を僕はなんとか捻り出し、疑問を抱かれる前にゴリ押した。  それが功を奏したか、都合の良いバイトが欲しかっただけなのか、風里姉ぇは意外とあっさり承諾した。オジさんとオバさんにはその後電話越しにすごいからかわれたけど、それで済んだのだから馬立一家のおおらかさには感謝しなくてはならない。  店先に着くと、手提げバッグを持ったアレイナと遭遇した。 「やぁ、おかえり、陸哉」 「ただいまアレイナ、って、どこか出かけるの?」 「家主殿からお使いを頼まれた。いい加減私もこれくらい任されるようにならねばな。では、行ってくる」  何故か少し自慢げに出掛けるアレイナを見送って店の中に入ると、店のカウンターで風里姉ぇが雑誌を読んでいるのが見えた。 「風里姉ぇ、アレイナに買い物行かせて大丈夫なの?」 「メモもちゃんと渡したし、困ったら店員に聞けって言ってあるから、大丈夫よ。大体アンタと年も変わらないんだから、心配しすぎよ」  せんべいを片手に、風里姉ぇは人事のように答えた。この人は普段から割りと適当に物事を決める所があるから、僕はなんだか心配になってきた。 「ちなみに、何を頼んだの?」  そう聞くと、風里姉ぇは一瞬面倒くさそうな顔をした後、かったるそうに答えた。 「ほとんどが今日の夕飯の材料よ。カレーにしようと思ってね、カレールーは勿論、ニンジンにジャガイモに牛肉」 「良かった、それくらいなら大丈夫か」  実を言うとアレイナは、精霊の力を介して自分の言葉を日本語に翻訳している。けれど、流石に字の方までは精霊の力で補いきれない。だけどメモを持っているなら、店員に渡せば済むだろうし、問題ないだろう。 「あの子張り切ってたから、ついでにいろいろ頼んじゃった。ペットボトルのお茶とか、ポテチとか、ブレイブウィンド2とか、あと……」 「ちょっと待って! 明らかに一個ジャンル違うものが紛れてるよ! つかブレイブウィンド2って何!」  そう問いただすと、風里姉ぇは怪訝そうな顔をして答えた。 「え? 最近にしては珍しくヒットしたアクションRPGだけど、もしかして知らないの?」 「なんで他の物はスーパーがメインなのに、一つだけゲームソフト混ぜてんの、絶対売ってないよスーパーにゲームソフトなんて!」 「スーパーからゲーム屋まで、そんなに遠くないでしょ?」 「近いとか遠いとかそういう問題じゃない! ややこしい買い物任せるくらいなら、自分で行けば良かったじゃないか!」 「これから常連さんが店に来るから外せないのよ。でもほら、ゲームは発売日にやりたいしー」  超自分勝手な理由だった。僕は頭を抱えた。まさかここまで非常識なことをする人だと思わなかった。 「ああもう、こうなったら僕が付いていく!」 「それはやめておきなさい」  いきり立った僕が外に出ようとすると、諸悪の根源に呼び止められた。 「なんで! というか風里姉ぇが言えた義理かぁ!」 「出掛ける前のあの子の顔、思い出してみてごらんよ」  真面目な声で促された僕は、気持ちを落ち着けて今さっき顔を合わせたアレイナの様子を思い出す。そういえば、お使いに行かされるというのに、なんだか機嫌が良さそうだった。 「いつまでも過保護にされると、人間って居場所がなくなるものよ。もし心配だから付いていくなんて陸哉に言われたら、アレイナは自分が信用されてないって、ガッカリするんじゃない? 少なくともアタシにはそういう子に見えたけど」 「……」  風里姉ぇへのツッコミ所をうまく受け流された気がしたけど、確かに言われてみればその通りだった。ふざけているけど、風里姉ぇはなんだかんだで人のことをちゃんと見ている。冷静にならなくてはいけないのは僕だった。  風里姉ぇの言うとおり、僕が今出て行って声をかけても、買い物は上手くいっても良い結果は生まれないだろう。  僕は、店の奥を通って自宅のスペースに上がり込んだ。そして、リビングに向かってから部屋の中をぐるりと見渡した。  その中で、恐らくオジさんが使っていたであろうハンチング帽とサングラスを見つけ、「借ります」と今は遠い異国の地にいるオジさんに念じる。それから自室で服を着替えて、再び店先まで戻った。  最後に僕は、オジさんから借りた帽子とサングラスをかけ、店番をする風里姉ぇに挨拶だけはしておくことにする。 「……ちょっと、出かけてくる」 「過保護の親父かお前は」
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