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空きコマになっている木曜日の昼休み後、図書館に行く気にはなれず食堂のいつもの場所で課題を進めることにした。図書館の自習スペースは静かでいいのだが、今日は雑音のある環境で勉強したい気分だったのだ。宏輔や裕太が来たら絶対捗らないのは分かっている。締め切りまでまだ日があるからそのときは潔く後回しにしようと思う。
「まさ!よかった。やっぱりこの時間空きコマだったよね!」
予想外の声が聞こえてきて顔を上げると、テーブルに置いたテキストへ向かう視線に入り込むように、菜央が顔を覗かせていた。
「どうしたの。珍しいね」
栞を挟んでテキストを閉じる。
「あっいいのいいの。邪魔しにきたわけじゃないから」
そのまま隣の席に座ると、鞄から小さな包みを取り出した。
「これをまさに渡したいなと思って!」
菜央の両手に乗せられた小さな包みは、青地に白の水玉模様のリボンで可愛らしいラッピングがされている。
「お菓子?」
唐突だったので驚きの方が先にきてしまう。
「そう。昨日のアイスのお返しにと思ってクッキーを包んできたんだ。たまたまお母さんが作ってたのをもらっただけだから、ちゃんとしたお礼にはならないんだけどね。一応、ちょっとは手伝ったんだよ!型抜きとか!」
後から暖かな喜びがやってきた。説明が足りなかったことに気づいて慌てた様子で経緯を語る様子が微笑ましい。ささやかなことでここまで喜んでしまう自分は、まだまだおじさんにはなっていないのかもしれない。
「ありがと。こんなんもらえるなら毎日アイスおごるわ」
「あっ1人じゃ作れないからそれはなしで!」
「それは残念。いやーでもほんと嬉しい。ありがとう」
気がついたときにはポン、と菜央の頭に触れていた。無意識とは恐ろしいものだ。
「ちょっとーまた子供扱いしてるでしょ!1つしか違わないのにさ」
はっと手を離す前に不満そうな表情が目に入った。そうか。実のところ壁なんてなかったのだ。俺は俺として菜央と向き合うことは、あの日の約束を違えることにはならない。不意に自分の中で決着がついた。わしゃわしゃと少々乱暴に撫でてみる。これまで触れられなかった分は許されるだろう。菜央は何か可笑しくなったのかふふっと笑みをこぼした。
「それ、みんなには内緒ね」
課題じゃましてごめんね、そう言って去っていく背中を今日もまた見送る。昨日よりも心なしか歩調が軽やかな気がする。菜央の悩みが晴れたからだろうか?決して答えの出ない疑問は転がしたままに再び参考書を開いた。なんて事のない、些細な秘密だけれど菜央と共有する秘密はなんだか心を温めてくれるようだ。
これからもたまに甘すぎないアイスを菜央にご馳走しよう。俺にはこんなことしかできないし、これ以上踏み込むことはできないだろう。裕太はああ言っていたけど、宏輔には勝てない。そう思うとまだほんの少し苦しい。でも、俺には甘すぎないのがちょうどいい。
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