ソフトクリームの甘さ

5/5
前へ
/8ページ
次へ
“うちのキーボードを死守しなきゃっていう使命感”  菜央を見ていると感じるうっすらとした焦りの正体はそれなのだろうか。正しいかどうかは別として、捉えどころのない感情にひとつ名前が与えられたことでホッとしている自分がいた。それは別の角度から見れば “これは使命感なのだ”という言い訳、縋るものができたということにもなるが。やはり俺は裕太のように自由にはなれる気がしないので、自分のあるべき姿がハッキリしていないとダメなのだ。それを分かっていて、あえて裕太は使命感と言い切ったようにも思うのは、さすがに深読みのしすぎだろうか。 「それと、俺が思うに菜央はもうバンドから、音楽から逃げたりしない。そういう点では心配いらないと思うんだ。それ以外を求めるんだったら別な話だけど。別に、宏輔に遠慮する必要なんてないんだ。そこんとこ、雅浩なら分かってると思ってたけど」  そこまで煽らなくてもいいだろ、と冷たい視線を送る。でも、流石付き合いが長いだけあるというか、俺がまた菜央の過去を引っ張り出してきて過保護モードになっていることを察しているようだ。そして、あくまでも一般的な話だ、という軽やかさで裕太は語る。”それ以外を求める”なんて回りくど言い方を使ってまで直接触れようとはしない。俺に気をつかっているのではなくて、嫌味としてそんな言い方をするのだ。 「一度全てを取り払って一対一で向き合ってみる。そしたら後は俺たちの前にあるのは音楽だけ。音楽の前では役割とかなく皆平等だ。俺の理想はこんな感じかなあ」  最後の方は自分で可笑しくなったらしく笑いながらだったけれど、なるほどなと思った。裕太のバランス感の正体はこれだったのだ。  只々音楽と対峙する。日々に流されるうちに忘れがちなことである。しかしこれから進もうとする先では幾度も必要になるであろうこと。  俺の夢はこれからもずっとこのバンドを、この4人で続けていくことだった。そのためなら、使命感という言葉にすべての想いをしまい込んでしまえばいい。その上で裕太の言うように一対一で向き合ってみるのはどうだろう。そうしたらそこから見える音の世界はまた変わるだろうか。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加