恋々と花綻ぶ

いつだったか、あなたは先生のことが好きなのね。娘は悪びれもせずそう言った。そして、徐に僕の隣に腰掛けると、私も好きよ。私とあなたは同じね。そう呟いた。娘の軽やかな重さを左肩に感じながら、そうか。この娘と僕は同じなのか。そう思った。

　——雨が降っていた。僕は、幾つも幾つも連なっては落ちてくる雨の雫を、飽きることなく見上げていた。ほんの数年前の話だ。

　他を探しな。いつまでもそんな所に立たれちゃ商売上がったりだ。その言葉が耳に届いた時——僕の身体は既に水溜りの中に浸っていた。かじかんだ指先が、暖を求めるように痛みを発していた。あぁ、他を探さなきゃ。僕はゆるゆると立ち上がり、当てもなく足を動かした。

頭の先から爪の先まで——乾いている場所を見つけるのが困難なほど、すっかり濡れていた。髪を伝っては落ちる雨粒が、濡れそぼった衣類にじわりと溶ける。身体を刺すような夜更けの寒さに、気がつけば僕はその場に座り込んでいた。

あまりにも空腹だった。もう、僕の人生はおしまいだ。こんなちっぽけな場所で、たった一人、死んでゆくのだ。そう、誰にも気付かれず、たった一人で。実に愉快だ。愉快で愉快で仕方がない。僕は道化師に違いない。そう、ちっぽけな道化師だ。皆が笑ってくれるのなら、やむことのない雨に降られ、ここで死ぬのも本望だ。そんなことを考えながら、自嘲気味に口角を上げた時——地面を見つめていた僕の視界にふっと人影が映り込んだ。

お互い随分と濡れてしまったね。まったく、嫌になるよ。かと言って、傘をさすのは不愉快だ。こんな雨の日には、家に籠っているのが一番だね。君もそう思わないかい？ 頭上から降ってきた呑気な——そう、酷く呑気な声に、僕は引き寄せられるように顔を上げた。

打ち付ける雨のせいで、うまく目を開けられない。僕は最後の力を振り絞り、深い色をした彼の瞳を真っ直ぐに見つめた。両足が、両腕が、肩が、唇が、無意識のうちに震えてしまった。さぁ、帰ろうか。そして風呂に入ろう。鈍色の空を模したようなコートで僕の身体を包み込み、彼は静かに微笑んだ。